NGK SPARK PLUGS Suzuka 2×4 Races (2018 Super Formula Rd. 1)

DSCF6331

鈴鹿サーキットで開催されたSuzuka 2×4 Race、Super Formula Rd. 1予選の観戦記を公開します。3月11日に開催された「2018モータースポーツファン感謝デー(二日目)」の様子を書かなかったので、画像の一部は3月11日に撮影したものになります。名神高速道路上り線を利用する際は、大津S.A.での朝食が定番になりました。

P4210001

2006年以降、鈴鹿サーキットには年に何回も通い続けていますが、ツツジが満開の時に訪れるのは初めてかもしれません。

P4210499

土曜はモートピア(遊園地)のチケットでサーキットに入場できます。

P4210001

サーキットには午前10前に到着し、スポンサーのブースが立ち並ぶGPスクエアを一回りした後、10時15分開始予定の「Super Formulaフリー走行」の様子を撮影しようと、最終コーナーからシケインQ2スタンドの方に向かって歩きました。

P4210001

4月21日に持参したカメラはOlympus E-P5ボディーに、Olympus M.60mm F2.8 Macro単焦点レンズとOLYMPUS M.12-50mm F3.5-6.3ズームレンズ。望遠といっても35ミリ換算で120ミリなので、鈴鹿では動く被写体が遠くに感じます。

P4210001

シケインを通過して最終コーナーへと向かうマシンは、シャッタースピードを1/80秒ぐらいまで落とさないと、綺麗に流れません。

P4210001

見晴らしが良いQスタンドからは、すぐ下のシケインに加えてダンロップコーナーからデグナーカーブに向かうストレートも見渡すことができます。

P4210001

デグナーカーブの方にレンズを向けると、12番ポストが見えます。もうすぐ4年になりますが、台風18号が接近する雨の中、開催された2014年の日本グランプリで撤去作業中のトラクターにクラッシュしたJules Bianchiの死亡事故を思い出します。Q2席から撮影された動画は正に今、我々がいるところから撮影されたのでしょう。

P4210001

Jules Bianchiの事故以来、コースを外れたマシンを撤去する際にF1ではセーフティーカーが出動したり、赤旗中断になる場合が増えました。この日もSuper Formulaフリー走行中にデグナーカーブでクラッシュしたマシンを撤去する際に赤旗中断になりました。5年目のシャーシになるSF14にはドライバー頭部を保護するようなHaloはないし、安全面を優先すれば仕方ないことかもしれません。

P4210117

伊勢うどんの昼食後、プールサイドの協力駐車場に戻って車の中で昼寝してから、サーキットに再入場して、ホームストレート前のグランドスタンドへ向かいました。グリッド上は全日本ロードレース選手権の最高峰、JSB1000のRace 1準備中。スポンサーや各チームと契約するキャンペーンガールがそれぞれのチームに付いています。

P4210117

F1では姿を消すことになるグリッドガールも鈴鹿では健在。(モナコGPでは復活するそうです。)白と緑のユニフォームを着用した女性は鈴鹿サーキットと契約していると思われます。

P4210117

ストレートで時速300キロを超えるJSB1000のマシンは物凄く速い。持参したレンズの焦点距離が短いので、できるだけ近くに寄ると流し撮りの撮影難易度が異常に高くなります。

P4210117

不本意ながらもシャッタスピードを1/320〜1/400秒に上げざるを得ません。

P4210117

上の画像でシャッタスピードは1/400秒。

P4210117

二輪のJSB1000と比べてラップタイムは四輪のSuper Formulaが30秒近くも速いのに、ホームストレートは四輪マシンが遅く感じます。実際に遅い。コーナーでは四輪マシンが圧勝。特にSF14はF1マシンよりもコーナー速度が速いと言われています。

P4210117

上の画像でシャッタースピードは1/250秒。

P4210499

1/160秒まで落とすと、綺麗に流れますが、Olympus PEN E-P5では難易度が上がり、成功率が下がります。

Super Formula開幕戦予選の結果上位にHondaエンジン搭載車が1位から5位まで連なることになりました。PPはTEAM MUGENの山本尚貴。翌日行われた決勝では山本尚貴がPole To Winで優勝。決勝はF1の53周に近い51周で行われました。二種類のコンパウンドのタイヤを使用するところもF1に近くなった印象です。

DSC_7628

同じ1/160秒のシャッタースピードでもカメラがNikon D7000、レンズがAF-S VR Zoom-Nikkor 70-300mm f/4.5-5.6G IF-EDであれば、比較的容易に流し撮りできます。(上の画像は3月11日にS字カーブで撮影)

DSC_7740

この日も白子駅近くの海岸沿いにある海産物問屋の「まるかつ」で買い物してから新名神高速道路経由で帰路に着きました。

“My Car Run” at Suzuka Circuit

Suzuka Circuit

ようやくMazda RX-8で鈴鹿サーキットMy Car Runに参加することができました。去年のお正月は自宅出発直後に触媒が燃え、今年のお正月は大雪でイベント自体が中止になりました。お盆の時期にもMy Car Runが開催されていることを知って、事前に申し込んでいました。

Suzuka Circuit

先導するマーシャルカーの後に列をなしてフルコースを2周、マイカーで走るイベントです。平均速度は時速70〜80キロになるだろうとの説明を受けましたが、実際はもっと遅く、F1決勝前に行われるドライバーズパレードのようなゆったりとした走行になりました。2周するのに20分ほど要しています。

Suzuka Circuit

前の車について行くのではなく、レコードラインを意識しながら鈴鹿名物のS字カーブ。

Suzuka Circuit

雨の中、開催された去年の日本グランプリで起きたJules Bianchiのクラッシュはダンロップコーナー出口付近ですからちょうどこの辺りになります。アクアプレーニング現象で制御不能となったマシンは、12番ポスト近くで作業していたクレーン車に激突。トラックから見ると、この辺りはアスファルト舗装されていて、狭いランオフエリアはないに等しい。

Suzuka Circuit

走行証明は伊奈富神社の交通安全祈願も兼ねています。

“Merci Jules, cette victoire, c’est pour toi” said Sebastian Vettel on the victory lap

ハンガリーの首都、ブダペストで先週末に開催されたF1ハンガリーGP、2列目3番グリッドからスタートしたFerrariのSebastian VettelがLap 1のT1で先頭に立ち、逃げ切る形で最終ラップまで首位独走。チェッカーフラッグ後のビクトリーラップでフランス語で言ったメッセージが印象に残りました。英語にすれば、”Thank you, Jules! This victory is for you.”になります。7月17日に息を引き取ったフランス人ドライバーのJules Bianchiに向けて発した言葉です。Bianchiはいずれはこのチーム(Ferrari)の一員になることが約束されていたといった内容のことも英語で話していました。

事実上、Jules Bianchi追悼レースとなった今年のハンガリーGPではレースが始まる直前にJules Bianchiのヘルメットを中心に出走ドライバーたちのヘルメットがグリッド上に並べられ、円陣を組むようにして黙祷が行われました。グリッドにはBianchiの家族の姿もあり、国際映像に映し出されました。

スタートで出遅れたMercedesのNico RosbergはFerrariのKimi Räikkönenにも先を行かれたものの、年間チャンピオンを競うチームメイトのLewis Hamiltonよりも前を走っていました。タイヤがSoft > SoftのHamiltonは第3スティントはMediumの選択肢しかないけれども、異なるタイヤ戦略を採用したRosbergはSoft > Mediumなので、第3スティントはSoftを選択して前を行く二台のFerrariを追いかけることもできたはずですが、チームメイトよりも先を走ることにしか興味がないRosbergは第3スティントでチームメイトと同じMediumを要求。

2回目のタイヤ交換の後、フロントウィングに乗り上げるNico Hülkenbergの事故でVSC (Virtual Safety Car) からSC (Safety Car) 出動へと変わり、先頭を行くSebastian Vettelとのギャップが縮まりました。この時、Softタイヤを履いていたら、SCの周回分はタイヤを温存できていただろうから、前を見ながらプッシュすることもできたはずですが、逆にSoftタイヤを履いたRed BullのDaniel Ricciardoに先を行かれ、その時に接触した左後輪タイヤがパンク。結局、Nico RosbergはチームメイトのLewis Hamilton(6位)よりも後方の8位でレースを終了。

Repose en paix Jules Bianchi

Jules Bianchi
Jules Bianchi at Suzuka Circuit 2014

雨の中、開催された去年のF1日本グランプリ、ダブルイエローフラッグが振られていたラップ44で、ダンロップコーナー出口のランオフエリアでAdrian Sutilのマシンを撤去していたクレーン車に衝突し、頭部に重傷を負い、9か月間もの間、重篤状態が続いていた25歳のフランス人F1ドライバーのJules Bianchiが故郷のフランス南部ニースの大学付属病院で息を引き取ったとの訃報が世界に流れました。

Jules Bianchi
Jules Bianchi at Marina Bay Street Circuit 2014

F1レース開催中のクラッシュでF1ドライバーが死亡したのは、21年前の1994年にイタリア、イモラサーキットで亡くなったAyrton Senna以来となります。Repose en paix.

Martin Brundle reflects on the lessons to be learnt from Jules Bianchi’s crash

sky SPORTSのF1コメンテーターであるMartin Brundleが、自身が同じダンロップコーナー出口で1994年に体験した事故を回想しながら、Jules Bianchiの事故から学ぶべき教訓について、語っています。この動画はsky SPORTSのサイトで公開されていたものらしいのですが、日本からは視聴することができないので、代わりにYouTubeにアップロードされたものにリンクを張っています。

日本グランプリの開始時刻が遅いのではないかと冒頭に言っていますが、私も同感です。Fuji TV Nextの中継時に今宮 純氏が鈴鹿での雨の決勝は20年ぶりと言われていました。20年前の1994年はAyrton Sennaが34歳で亡くなった年でもあります。他にも事故が多い年であり、94年の鈴鹿では同じ場所でアクアプレーニングにより、制御不能となったMartin Brundleのマシンが重機に衝突しそうになり、マーシャルをはねてしまう事故がありました。その当事者が語るこの動画には説得力があると思います。20年前の事故から学んだはずの教訓が今回の事故には生かされなかった、とまでは言っていませんが、ほのめかしているような気がします。

来シーズンからBianchiの事故から学んだ教訓を実行するため、VSC (Virtual Safety Car)のシステムが導入されることが決定しました。セーフティーカーを実際に出動させるほどの状況ではない場合(通常はダブルイエロー)に速度を制限するVSC (仮想セーフティーカーの先導)を発動させ、今回のような事故を未然に防ぐということです。VSC発動時と終了時には10秒間の猶予期間を設けて急ブレーキと急加速による危険性を緩和するという工夫も考慮しているようです。

Jules Bianchi Transferred To A Hospital In Nice, France

11月19日付でJulesの家族から新たな発表があったようです。10月5日に起きたF1日本グランプリでの大クラッシュにより、およそ7週間、三重県四日市にある総合医療センターで集中治療を受けていたJules Bianchiが、母国フランスのニースにあるLe Centre Hospitalier Universitare de Nice(ニース大学付属病院)に無事、転院になったようです。

人工的な昏睡状態を脱したJulesは、今なお意識がなく重篤状態ではあるものの、自発呼吸しており、生命兆候が安定しているので、機内で治療を続けながら、自宅により近い病院に転院することができたとのことです。

Julesのご両親は総合医療センターの医療スタッフに感謝の言葉を述べられているようです。特にKamei医師、Yamamichi医師に加えて、Mr. Oguraに感謝したいとメッセージに書かれています。Mr. OguraとはF1やSuper Formulaの解説者である小倉茂徳氏のことでしょうか。11月21日追記:小倉茂徳氏のことではないそうです。病院の関係者のことだと思われます。

某掲示板に「言葉が通じずに困っているビアンキの家族を支援しに、英語とフランス語ができて近くに住んでいる奴、行ってやれよ」と書かれてあるのを読んで、私の出番かとふと思いました。

Source: Jules Bianchi Fan Club

Super Formula 2014 — The Final Round at Suzuka — Part 1

IMG_2458

今年最後のモータースポーツ現地観戦+撮影は、1ヶ月ぶりの鈴鹿サーキットで。新名神高速道路の土山サービスエリアで休憩していると、隣に車両番号を付けたToyota 86が停車しました。午前中に開催される86/BRZサポートレース公式予選に出場する車のようです。

DSCF1674

Super Formula練習走行はピット前グランドスタンドの最も1コーナー寄りで撮影することにしました。プロのカメラマンがいる所なら撮影場所としては最適のはず。

DSC_8061

Loïc Duval、平川 亮、André Lotterer、中嶋一貴のピットが良く見える席でした。

DSC_8127

いつの間にか我々は春に記念撮影に応じてくれたドイツ人ドライバー、André Lottererのファンになりました。LottererはLe Mans 24時間で3勝、Super Formula (Formula Nippon) でも2011年に優勝しています。また、小林可夢偉に代わり、F1ベルギーGPにCaterhamから出場しています。

DSC_8066

André Lottererは、今年のマシン、SF14で鈴鹿サーキットのコースレコードを記録しています。その時のタイムは1’36.996。

DSC_8047

プロのカメラマンの近くとは言え、ホームストレート前のグランドスタンドは上の方の席でも金網が邪魔になるので、撮影は容易ではありません。

DSC_8099

カメラのオートフォーカスの設定をAF-Cにして流し撮りすると、意図したところでピントが合いません。AF-Sに設定すべきだったかもしれません。

DSCF1703

F1日本グランプリで起きた事故の現場(ダンロップコーナー出口の12番ポスト付近)を見に行きました。近くに観客席がないので、関係者以外は至近距離で目撃していないと思われます。シケイン側からなら遠くに見えたかもしれません。左を向けば、下方に逆バンクの入り口があります。

このコーナーはランオフエリアが狭いので、制御不能状態でコースオフするとクラッシュになるのでしょうか。事故から1ヶ月以上が経過しましたが、Jules Bianchiはまだ四日市の病院で意識が回復しない状態です。

DSC_8178

土山サービスエリアで見たToyota 86。公式予選では27位で決勝Bレースに出場し、結果は11位だったようです。

DSC_8252

1/160秒で流し撮り。

Jules Bianchi

DSC_5772

シンガポールのドライバーズパレードでは唯一、我々がいた屋上の方に向けて手を振ってくれたMarussiaのフランス人ドライバー、Jules Bianchi。2週間後に台風18号が近づく雨の中、予定通りに開催された日本グランプリ終盤で起きた事故のため、頭部に損傷を負い、今尚、重篤状態が続いているようです。

DSC_6417

SauberのAdrian Sutilが43周目にハイドロプレーニング現象によるトラクション損失のため、ダンロップコーナー外側出口付近でタイヤバリアに激突。直後にダブルイエローフラッグが振られ、トラクターがコース内に入り、Sutilのマシンを吊り上げて、安全な場所(タイヤバリアのギャップ)に後退させながら移動させている時に、Jules Bianchiのクラッシュが起きたようです。減速して走行していたはずのJules Bianchiのマシンが次のラップで同じダンロップコーナー出口付近でなんらかの原因(恐らくハイドロプレーニング現象)でマシンが制御不能状態に陥り、作業中のトラクター後部に高速で激突し、マシンは大破。

国際映像ではSutilのクラッシュのみが放映され、Jules Bianchiのクラッシュはあまりにも衝撃的で悲惨であったためか、レースディレクターの判断で映像は非公開となりました。F1中継でクラッシュシーンが非公開となるのは極めて異例。それほど、凄まじい激突だったのかと逆に心配せざるを得ません。

事故が起きたダンロップコーナー出口付近には近くにスタンド席がなく、事故の瞬間を撮影していた観戦客がいなかったのか、あるいは撮影した画像や動画を公開することを躊躇しておられたのか、その瞬間は不明でした。月曜の夜になって、遠く離れたシケインのQ2席から撮影していた観戦客が投稿した動画が公開されました。想像をはるかに超えるスピードでマシンが激突し、トラクター後部が浮き上がるほどの勢いであったことが、明らかになりました。

後から何を言っても結果論になりますが、セーフティーカー出動が予想される雨のレースでは2時間ルールが適用される可能性もあり、午後3時に開始していたのではレースが終了する頃には薄暗くなります。実際、晴れていた金曜の午後5時頃は薄明がすでに始まっていたので、雨であればもっと暗くなるはず。日本グランプリは昼間のレースだから照明設備があってもライトは点灯しない方針。その辺りにも問題があったように思います。

Jules Bianchiの状態が早く回復することを祈っております。