
今日は板ガラス天板枠の寸法を調整して作業を終えました。

板ガラス天板枠の接合方法について木工師匠に相談しました。以前、採用した木ダボ2本で接合する方法で良いそうです。コーナー部分を45ºにカットする方法もあるそうですが、この状態からは不可能です。
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今日は板ガラス天板枠の寸法を調整して作業を終えました。

板ガラス天板枠の接合方法について木工師匠に相談しました。以前、採用した木ダボ2本で接合する方法で良いそうです。コーナー部分を45ºにカットする方法もあるそうですが、この状態からは不可能です。
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天板となる板ガラスを嵌め込むための溝切りは、自作トリマーテーブルを使って、幅、深さ共に10ミリの溝を切りました。

長辺側は端から端まで溝切りなので、簡単です。

短辺側は端の方で溝を止める必要があり、この部分は鑿を使用。楠バール材は細かな加工も可能です。

長辺側の材が長過ぎたのでカット。

これぐらいでちょうど。

この状態では遊びがほとんどないので、微調整する必要があります。
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天板枠の寸法を変更しました。22 x 30ミリの角材から28 x 36ミリの角材へ。短辺側の長さが449ミリ、長辺側の長さが516ミリになります。枠は厚み10ミリの分厚い板ガラスの寸法に合わせています。

寸法を変更した、枠となる角材を並べました。
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5年ぶりに天板が分厚い板ガラス製のコーヒーテーブルを製作します。天板の枠と脚部は楠のバール材を使用します。以前に作った丸鋸用の定規を失くしたので、新たに作りました。

天板の枠となる部分を自作のテーブルソーで縦挽きしました。バール材は瘤の部分なので、正しくは縦挽きではなく、どちらかといえば横方向に挽いています。

今回は枠部分の幅が以前、製作したものよりも狭くなります。

メルカリで購入したチェンソー用の丸ヤスリが届きました。Husqvarna 440e II用の4.8ミリ丸ヤスリは、実はAmazonからHusqvarna製のもの3本を2ヶ月ほど前(4月1日)に購入済みでした。それをすっかり忘れていて、ブランドが異なる同サイズのものを5本、購入したことになります。これは初期認知症が進んでいることを意味するのだろうか?
しかしながら、今回、メルカリで購入したものはブランドが異なります。このブランドを調べると、創業1899年、スイスの老舗メーカーであるvallorbe製であることがわかりました。Vallorbeはスイス自治体の名称であり、会社の正式名はUsines Métallurgiques de Vallorbe。日本語に訳すとバローブ治金工場。スイスといえば、時計などの精密機器の製造を思い浮かべます。そのような精密機器製造過程で必要となるのがヤスリ。これはなかなか良いものを入手したのかもしれない。

おまけとしてOregon製の丸ヤスリ1本と木製の柄が付属して送料込みで1,200円でした。まだ使用していませんが、メーカーの歴史を知れば、その品質は信頼できるはずです。

小雨が降る中、キャリーに載せた出張用工具一式を転がして、道を挟んだお向かいさん本宅へと向かいました。先日、発生した地震が京都市内でも震度3ぐらいの揺れがあり、本宅のリビングルームに置かれた木製テーブルの天板を脚部に固定して欲しいとの依頼がありました。

重量級の天板なので、よほど大きな地震でない限り、天板が床上に落下して怪我をするようなことはないだろうと思いましたが、心配されていたので、固定することにしました。金具を使うなど、いろんな方法がありますが、長めのビス4本を斜めに打って固定することになりました。

ビスの頭が見えないように、座彫りしました。穴は埋める必要はないでしょう。

しっかりとした脚部です。大きなテーブルなので、脚部と天板をガチガチに固定してしまうと、テーブルを搬出、搬入する際に困ったことになるので、ビス4本で良いだろうと判断しました。

かなり重い、無垢の天板は欅だろうと思います。

後日、起震車による震度7の模擬地震を体験しました。その時の大きな揺れから推測すると、このような重量級の天板でも脚部に固定していないと落下するかもしれません。

OMO7高知16階の客室(1607)から見た早朝の景色。思っていたより高知市中心部は都会でした。これから長い一日が始まります。

午前7時過ぎには朝食会場へ。

前日に鰹のたたきをたくさんいただいたので、朝食は鰹以外で。クロワッサンが美味しい。

星野リゾートは無垢の木にこだわりがあるのか、あちこちに無垢材が使われている。

土佐犬は楠を加工したものだそうです。軟らかい楠は彫刻に向いている。

この新型Suzuki HUSTLERのボディーは触るとツルツルとして光沢がある。どんなコーティング剤を塗布しているのだろう?

3日間、レンタカーを運転して気付いたことが一つ。加速というか、トルクは最廉価モデルの自車の方が力強い気がする。ディスプレイオーディオはやっぱり欲しいかな。自力で取り付けるとなると、数日はかかりそう。

義母の実の姉が暮らす窪川へと向かいました。高岡神社の分社に義父の先祖を永代供養しているらしい。高知は仏教よりも神道の方が一般的なのか?

四駆でないと登れないと思うほどの急な坂の上に桧で建てられた分社がありました。

義母の姉宅に戻って、高知の郷土料理である豪華な皿鉢料理をいただきました。調べると、皿鉢料理は神事の際の儀式食が発展したものだそうで、やはり高知は神道が主流なのかと思わされます。画像には写っていない鰹のたたきや巻き寿司、刺身など4人では到底、食べきれない量がありました。姉と話す義母は「おまん」と「〜ちゅー」、「〜ぜよ」連発の土佐弁で、義母が暮らす大阪北摂では聞いたことがない言葉を話していました。
そして、義母の生誕地は樺太だったということを初めて知りました。Wikipediaによると、「日本本土の食糧確保のために農業移民が指向され、とくに1928年から1940年は集団移民制度が実施された」とあります。さらに調べると、「樺太土佐村」が樺太に存在したようです。義母が生まれたのは1939年なので、集団移民制度実施中になります。養父が樺太で馬に乗っていたと話していたことから推察すると、樺太の行政政府職員だったのかもしれません。同行者従兄弟の話によると、義母の父親は樺太で移住に関する仕事をしていたということです。

高知市内に戻る前にお土産を買いに、久礼大正町市場へ。義母の甥の同級生が経営するというここの鰹のたたきは特段に美味しいそうで、義母は大量のお土産を買っていました。クーラーボックスは持参していないので、この市場で買ったものの大半は宅配便で発送依頼したようです。

大正町市場の由来。

この日の夕食は、義母の血縁関係にはない姪(=同行者従兄弟)である、株式会社ラトゥールの代表取締役社長の裕美さんと華珍園別館での会食となりました。初日に出会った際に高知の郷土料理でお腹がいっぱいであることを伝えたら、リストアップされた飲食店の中から老舗の中華料理店である華珍園を選んでくれていたようです。

裕美さんは幼い頃から家族でこの中華料理店を訪れていたそうで、私にとっては1953年創業の浜大津あたか飯店のようなお店かもしれません。

4人で再会を祝って乾杯。私と義母以外(=裕美さんと同行者)は台湾ビール。義母はウーロン茶、私はノンアルコールのライチカクテル。裕美さんと同行者はビールを何杯もおかわりした後、冷酒らしきものも楽しんでいました。高知は酒豪が多いと聞いていましたが、それを実証するかのように、土佐の血が濃厚に入っている同行者と東京在住の姉や甥は、アルコール消費に関しては底なし間違いない。

メニューは裕美さんにお任せしたら、次から次へとどんどん運ばれてきます。

酸辣湯は私の希望。Baskin Robbinsサーティワン5店舗を含む、飲食店フランチャイズ加盟店15店舗を高知市内で経営する裕美さんは食通でもあり、鼎泰豊台湾本店にも行ったことがあるそうです。

雑誌や地方紙に取材記事が何度も掲載されたことがある女性起業家の裕美さんは地元ではちょっとした有名人であり、従業員が150名近くもいるとか。

名古屋味仙の台湾ラーメンや青菜のことも当然のように知っておられました。

華珍園別館は外国人客も多いそうで、この日も何名かの団体客を見ました。

酢豚は義母の希望。


味仙の手羽先とは全然違って辛くなく、注文を受けてから揚げているようです。

浜大津あたか飯店では締めくくりにさつまいもの飴炊きを亡父がいつも注文していましたが、ベトベト感と味付けが似ている。

ラストオーダーまで華珍園で夕食を楽しんだ後、ホテルに戻ろうとしていたら、裕美さんからもう一軒行きましょうとのお誘いを受けて、徒歩数分の距離にある、看板が上がっていないバーにハシゴすることになりました。

ここはデザートのパンが特別に美味しいとのことで、おすすめのクロワッサンをいただきました。
先月、車を停めた平野神社南の駐車場が満車だったので、今回はかごの屋南の名鉄協商パーキングに車を停めました。この辺りは天神さん特別日の料金設定がないので最大料金が比較的安い。

いつものように平野神社を横断して品数豊富ないつものおじさんの露店に直行。長辺側30センチ、短辺側10センチと短いちょっと変わったShinwaブランドの指矩とステンレス製タッピングねじを入手。直角の墨線を引く際に短辺側が長すぎることがあるので、このぐらいの長さが便利な場合もあります。二点で100円と言われましたが、200円支払いました。

帰り際にまたあれを見つけました。英語で"pike pole"、日本語で林業用鳶口。2、3年前からずっと探していて3月の東寺ガラクタ市でやっと見つけたものがその3ヶ月以内にまた別の店で見つかるとは!

店主は林業用の道具が多く出品される長野県まで仕入れに行くこともあると言われていました。価格を尋ねると、3,000円とのことで、その値で買う気満々でした。嘴部分と柄の間に隙間があり、その隙間を埋める竹の楔が何本も打ち込んでありました。こちらから値引きしていませんが、その部分が欠点と考えておられたようで、2,000円にしますって!

3月に入手したものと比べてちょっと重いかなと思いながら、林業用鳶口を肩にかけて上機嫌で駐車場に戻りました。

今回入手したものは、3点で2,200円でした。

3月に入手したものと比べると柄の長さが50ミリ長い。

嘴部分も50ミリ長くて全体的に大きくて重い。大径木の丸太を転がすにはちょうど良いかもしれない。
Kitano Tenmangu Tenjin Flea Market — Part 13へと続く。
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先月に引き続き、今月も第4日曜日は安曇川藤樹の里道の駅で開催される蚤の市へ。今回は初めて木工師匠同伴です。師匠が見るものは我々が見るものとは全然違う。ガラス製のこの小さな熱帯魚を購入されました。我々は実用品しか興味がないのですが、木工師匠は装飾品に興味があるようです。

同行者はこまそうさんの店で湯呑み茶碗を品定め。

私はBULLOXのステッカーが貼ってあるボールピンハンマーを。BULLOXはDOGYUのサブブランドであることがわかりました。帰宅してから調べるまで、この道具は片方が平頭、もう片方が丸頭の木工や建築で使う玄能だと思っていましたが、どうやら違うらしい。この形状のハンマーは基本的には鉄工で使うものだそうです。

そしてこの昭和レトロな義春刃物株式会社製造のペナントナイフ。柄の部分と鞘が真鍮製です。

こんな写真を撮る時は「買います!」の意思表示。

手作り品を扱うエリアで出店されているHappiness Roseさんの店では右上の大島紬ショルダーバッグと、

この手提げバッグを入手。蚤の市各出店者とも親しくなり、この日は2時間近くも道の駅で過ごしました。
Flea Market at Adogawa Toju-No-Sato Roadside Station — Part 20へと続く。
Flea Market at Adogawa Toju-No-Sato Roadside Station — Part 18に戻る。
先週の「かんじる比良」便乗出展直前に手元にある箸のランク付けをしました。ランク付けはAからCの3段階とし、品質に問題ありのCは出品を控えました。木工師匠宅で出展するわけですから信用を損なうわけには行かないと思ったからです。

この紫檀製の箸もランクはCとし、出品を控えました。鉋で削った際に逆目になり、表面に凸凹が残り、その部分が白っぽくなりました。

ヒシカ工業の木工用スクレーパーで削ってみると、凸凹がほぼなくなったので、ランクを一つ上げて、Bとしました。削る前と比べると、1ミリぐらいは細くなりました。それでも紫檀は硬い木なので、通常の使い方であれば折れることはないでしょう。磨けば光沢が出る紫檀、高級感がある箸の素材としては最適。
Making Chopsticks — Part 30へと続く。
Making Chopsticks — Part 28に戻る。

ヒシカ工業、別所二郎作千年桜シリーズの工芸細工鋸(120ミリ改良刃)を使って、枘の余分をカットしました。

隙間に自作のウッドパテを埋めて、再び、鋸とサンドペーパーで表面を整えてから建築用亜麻仁油を全体的に塗布。

今回は部材の加工精度が高いためか、自然と直角になりました。

比較的軽い素材である米杉と日本の杉を使ったので、片手で持てるほど軽い。
炊飯器等木製ラックの製作難易度:5段階で3
Making A Rice Cooker Rack — Part 4に戻る。
Making A Rice Cooker Rack — Part 1に戻る。

仮組み状態だったラックの棚をばらしてから、脚部の切り欠きに木工接着剤を塗布し、棚ニ枚を端金で固定中。端金はいくつあっても多すぎることはない。

天板に枘穴を4ヶ所に貫通させて、タガヤサンの端材を加工した楔を打ち込みました。

枘の向きが意図せず木目と直角になりました。しかし、この方が軟らかい杉板に割れを発生しにくいことがわかりました。この部分のみ、隙間が大きくなり、楔はニ本、必要となりました。

楔を打ち込み過ぎたようで、脚部の角材に割れが発生しました。割れは仕上げる前に埋めれば何とかなるでしょう。

楔はこのぐらいがちょうど。

本日の作業はここまで。
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