Otsu Matsuri 2026 (Evening)

狭い通りから寺町通り(旧駅前通り)に出るところを動画撮影しようと、狭い通りを探しながら電車道から大津駅方面に歩きましたが、その狭い通りが見つからない。この辺りで撮影した記憶がない私は、その狭い通りが松屋通りと言い、もう何年も前に拡幅工事の後、新松屋通りになっていたことを知らなかった。

https://youtu.be/LtHbQpqS59Y?si=ScBrPWqefPNNTGd3

西陽を受けた狸山の胴幕が光っているのが印象的。この胴幕にも金糸が使われているのだろうか?

新松屋通りと寺町通り交差点で13基の曳山が辻回しをして各町内に戻る様子を見届けた後、湯立山の玉屋町に戻りました。湯立山の囃子方は山から降りて、山方は蔵の前で休憩中でした。すぐ隣の神功皇后山が戻ってくるのを待っているようです。

https://youtu.be/j-dfOdLuKR8?si=nXz6YFXXtvlICsC-

Otsu Matsuri 2026 (Afternoon)

所望撮影後、豆藤で早めの昼食を済ませて、島ノ関駅近くの駐車場に戻り、しばし休憩。巡行昼休み休憩が終わる頃に中央大通りに戻りました。宵宮と本祭共に秋晴れの大津祭は久しぶり。ユネスコ無形文化遺産登録後、初めての本祭とあり、その宣伝効果なのか、例年よりもずっと人出が多い。

午後は中町通りの湯立山玉屋町で静止画撮影後、京町通りの源氏山基地へ。

午前と午後とでは囃子方の衣装が変わります。午後の方がより華やかに。

Otsu Matsuri 2026 (Morning)

大津祭本祭当日はリパーク大津島ノ関第4駐車場に車を停めました。日・祝の最大料金(08:00 ~ 20:00) が550円とお得です。早めの午前7時半頃に到着し、京阪電車石坂線の踏切を渡ったところにあるLawsonでコーヒーを飲みながら時間調整しました。ここから湯立山の基地まで徒歩5分ぐらい。

湯立山は中町通りを西に進み、中央大通りを左折し、百石町通りを左折して集合場所の天孫神社前に向かいます。中央大通りの中央分離帯に陣取って、私は主にiPhone 18 Proで動画撮影。同行者はiPhone 16eで静止画撮影。

https://youtu.be/1QdmeHjPmhQ?si=rnUWhfiaSQjzsqQO

動画撮影にスタビライザー機能があるジンバルを購入しようかどうか迷っていましたが、自作のMagSafe対応スマホホルダーで十分かと考えを改めました。

大津祭本祭を観覧する際に重要なのは、無料で配布されるマップを見て、先回りして待ち構えることです。我々は浜通りにある松井工業株式会社本社前に陣取りました。系列会社である愛和グループホームの入居者やデイケア利用者が集まります。

昼食は去年と同じようにすぐ近くにある豆藤本店で弁当を買い、二階で食べました。二階を開放するのは大津祭本祭の日限定だそうです。

https://youtu.be/mKLSShtSV_o?si=J1OzX-hFcAiEXoJU

松井工業株式会社の向かいにある自民党、大岡敏孝議員事務所の外階段に移動し、所望を動画撮影しました。妙に愛想の良い人がどうぞお上がりくださいと手招きしてくれたので階段で撮影することに。この愛想の良い人は大岡敏孝議員本人でした。動画撮影時は折り畳んだカメラ用三脚を一脚のように使い、雲台にiPhoneを載せて撮影しました。

Otsu Matsuri 2026 — 宵宮飾り Yomiya Decoration

湯立山宵宮曳きに参加した後、宵宮の飾り付けが進む各町内を徒歩で回り、主に静止画を撮影しました。光量が限られた夜の撮影で、iPhone 18 Proの画質を確認する目的も兼ねています。(iPhone 16eで撮影した画像も含まれます。)

郭巨山の玉(車輪)や土台、紫檀高欄は彦根の馬場銘木が修復、新調に関わったと社長が言ってました。部材が新しく見えるのはそのためかと思われます。

月宮殿山の見送り幕はオリジナルがベルギーゴブラン織りで重要文化財に指定されています。この見送り幕は祇園祭白楽天山の見送り幕と作者が同じ「トロイア陥落図」の一部と考えられています。

充電器を車に置き忘れたので、車を停めた三井寺駅近くの駐車場に戻りました。時間調整と休憩を兼ねて、車で充電しました。

中町通りを東に進み、西王母山、殺生石山の飾り付けを撮影した後、西宮蛭子山(鯛釣山)を所有する旧白玉町へ。

鯛釣山で幼い頃に一緒に山に乗って、鉦を叩いていた同級生に半世紀以上ぶりに再会しました。同級生のY氏は今や西宮蛭子山の責任者。半世紀もの間、一度も会っていないとお互いが誰だかわからなくなりますが、私はLINEのグループチャットで流れてくる写真を見ていたので、会ってすぐにわかりました。わざわざ粽を取りに行って一本、くれました。

最後は湯立山に戻り、藤屋内匠に飾られているオリジナルの胴幕を撮影。湯立山元責任者によると、現在は大津市歴史博物館で保管されているこのオリジナルの胴幕は30年前までは実際に曳山巡行時に使用していたそうです。

https://youtu.be/3PLf9G_kcz0

Otsu Matsuri 2026 — Yomiya Run (宵宮曳き)

毎年、曳き手が不足しがちな宵宮曳きですが、今年は湯立山400年祭ということもあり、多くの人が宵宮曳きの曳き手として参加するようです。

それでも、滋賀県庁に向かう上り坂は曳き手は多い方が良いので、私も参加しました。天孫神社前の百石町通りで一時休憩。ここから先は下りなので、私は動画撮影に専念します。

中央大通りを琵琶湖に向かって下り、中町通りで右折するために辻回しをしますが、今日は90ºの辻回しが一息入れることなく、一回で成功しました。地元の旧玉屋町に戻るとすぐに宵宮の飾り付けが始まりました。



Otsu Matsuri 2026 — Float Building and Trial Run (山建てと曳き初め)

今回、初めてWordPressブロックにGalleryを埋め込みました。それぞれの画像をタップ/クリックすると、より大きな画像のページに遷移します。まずは記事のタイトルをタップ/クリックしてください。

湯立山の山建ての様子を玉出しから動画撮影しようと、現地に午前7時前に到着しましたが、前玉、後玉がすでに組み立ててありました。今年はプロの動画撮影班が山建ての全過程を収録しているらしく、天候条件が良かった前日の10月3日土曜に土台まで組み立てたようです。

いつも停めている大津幼稚園前の駐車場がなくなっていたので、困っていましたが、湯立山囃子方責任者であるK氏のご実家に停めさせていただくことになりました。

右後玉の土台が直角ではなく、内側に傾いていますが、左に流れる現象の原因かもしれない。

湯立山創始400年祭の今年は、からくり人形とオリジナルの胴幕、前幕、見送り幕などは蔵の向かいにある、6年前に閉店した藤屋内匠で展示。

土台から上の高所作業はすべて工務店の山方(白シャツ)が担当。黒シャツは町内の山方、囃子方などの関係者。私は白シャツが欲しいのですが。

龍門滝山に移動しました。こちらは今朝から玉出しをしたようです。車輪が比較的、新しいように見えます。龍門滝山の責任者も同級生。

石畳が美しい旧東海道、京町通の源氏山に移動。ここにも撮影クルーがいました。私も動画を少し、撮影。MagSafe対応の車載スマホホルダーを分解したものを回転しないジンバルとして使いましたが、使い勝手と見た目がよろしくないので、もうちょっとマシなものを端材を使って自作しようと考えています。

京町通を東に戻り、狸山の地元に移動しました。兄の同級生によると、狸山の見送り幕を修復しようとして見積もりをしたら、二千万円!だったそうです。見送り幕には金糸が使われており、金の価格高騰による影響だそうです。

湯立山の装飾品を保存する建物や蔵に、少しの間でも留守にする際は鍵をかける理由がわかりました。

後ろ玉後方にぶら下がるように取り付けてある二本の角材は、猫足というそうですが、これ、飾りではなく、大事な機能があります。辻回しの際に前玉を持ち上げますが、このときに猫足が接地するほどに高く持ち上げて山が転倒しないようにするための指標です。



前半で雨除けのブルーシートを撤去する際に滝のように流れ落ちた水がカメラマンを直撃するというハプニングの一部が映っています。

最後の辻回しでは琵琶湖に向かって下り坂の中央大通りから中町通を後退できるように右折します。大きな荷重がかかる前玉を持ち上げるのは一苦労。三度に分けて休憩しながらの辻回しになりました。

Gion Matsuri Latter — Attaching Wheels

二日前に下見した時は満車だった駐車場が空いていました。今日は新町通から徒歩10〜20歩の至近距離にある蛸薬師通に面したこの駐車場に車を停めました。酷暑の中、歩く距離はできるだけ短くしたいと思っていたので幸運。

新町通に出て、北に行くと、北観音山、南に行くと南観音山。北にさらに進んで三条通を東に入ると鷹山という、我々にとっては都合が良い立地です。

インスタで公開された南観音山の行事日程を見ると、今日、7月20日、午前11時半頃に「車輪付」とありました。北観音山は午後から「車輪付」だったようです。駐車場に着いたのが午後2時前であり、「車輪付」の様子は撮影できないと諦めていましたが、幸いなことに我々が到着すると、「車輪付」の真っ最中でした。

三輪の大津祭の山建ては幼少時から馴染みがり、車輪から組み上げて行くのですが、祇園祭の鉾や山では車輪は最後に付けるようです。数年前にも祇園祭の山建てを見学しましたが、その時は車体を90º傾けて、縄で固定していました。車輪の数も違えば、組み立てる順序や方法も全く異なる。

祇園祭の鉾や山は、自動車のホイールと同様、車体をジャッキアップして後から車輪を軸に通すようです。大きな馬二頭の上に山が載っている。ジャッキアップした高さに問題がないか、高さを測っているのでしょう。

一輪で0.5トンもある重い車輪を山方10人ぐらいで蔵から出して、ジャッキアップした車体に組み付けています。

山方の中でも車輪担当の方が中心となって作業を進めておられました。北観音山の車輪の直径は大津祭、湯立山の後輪直径と大体同じぐらいでしょうか。

飾り付けも終わった状態なので、「車輪付」は本当に最後の手順になります。祇園祭の山は、車体中央を貫通する松の柱が高くて塔のような形状なので、車輪を車体から大きくはみ出した位置に配置することで、倒れないようにしているのでしょう。

三条通まで北上して、鷹山の曳き初めを見学。鷹山は三条通を新町通と烏丸通の間を行ったり来たり。

鷹山は木製タラップがないと、山に乗り降りできないようです。



Otsu Matsuri in the Early Summer — Part 3

FIFAワールドカップ日本対チュニジア戦をテレビ観戦した後に自宅を出て、大津幼稚園前パーキングに午後4時前に到着しました。日祝の昼間(午前7時〜午後7時)最大料金が500円とお得です。湯立山の地元(玉屋町)から徒歩1、2分ぐらいの至近距離です。

丸屋町商店街では湯立山と源氏山の撤収準備が行われていました。提灯を収納する円筒形の入れ物、年季が入っています。

源氏山の山方を担当する松井工業社員は午後4時半に現地集合だったそうです。この源氏山か湯立山の曳き手に参加させてもらおうと考えています。昨日は雨の中で曳山を移動させたこともあり、曳き手が少なくて苦労したと言われていました。

源氏山関係者の中に熱狂的なサッカー日本代表ファンがおられるようです。

出発準備が整った湯立山。

一年で最も日が長い夏至ですから、戻り山でも提灯は不要です。

紫式部の後ろ姿をあしらった長襦袢が格好良い。秋祭りである大津祭で、囃子方が着用する長襦袢を初夏に羽織るのは耐え難いだろうと思っていましたが、雨天、曇天のおかげでそんなに暑くはないでしょう。

曳山を所有する町によって異なりますが、囃子方が着用するこの長襦袢は個人が特注した一品ものであり、同じものはないはずです。親から子へと代々受け継がれる場合もあります。私は鯛釣山に乗っていた幼少時、白地に赤い鯛をあしらった長襦袢を着用していた微かな記憶があります。

松井工業社員の方は源氏山右側の梃子を担当されています。梃子のことを「へら」と呼ぶこの方によると、梃子と車輪が水に濡れると「へら」が滑って苦労するそうです。

最初は源氏山の曳き手に加わりましたが、十分な人が参加していたので、浜通りを東進する湯立山の曳き手として参加することに変更しました。縄を持ってすぐに前輪が左右に揺れていることに気付きました。

湯立山棟梁の依頼を受け、前輪が左右に揺れる状況を私が動画撮影することになりました。これはちょっと危ないかな?と感じるほどの揺れでした。これまでに曳山巡行中に前輪の軸が破損する事故が起きています。総重量が4トンもある曳山を3つの車輪で支えているわけですが、中でも前輪にかかる荷重は大きく、定期的に車輪は交換修理する必要があります。車輪の新調や修理には特殊な技術が必要で、京都祇園祭の車大工に依存することもあったそうですが、最近では大津の宮大工であり、お隣の神功皇后山責任者の太田豊地さんが技術を伝承しておられるようです。

後退しながら中町通を東進して地元の玉屋町に戻る湯立山。

湯立山関係者の記念撮影。

解体後に車輪は面取り作業を兼ねて、点検するそうです。私がiPhoneで撮影した4K検証動画は、"unlisted"(非公開)でYouTubeに投稿し、関係者にURLを配布しました。

https://youtu.be/NsVG6Ek-GLo?si=Okmp83aSYH3R_0Du

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Otsu Matsuri in the Early Summer — Part 2

ユネスコ無形文化遺産登録記念を祝して例外的に6月に開催される大津祭を観るために丸屋町商店街を訪れました。今日は朝6時から湯立山と源氏山の山建てが行われました。天候次第で山建ての見学をしようと考えていましたが、今日は生憎の雨。

浜大津に到着したのは夕方になりました。今回は浜通りにある大津市立図書館隣の駐車場に車を停めました。18時から始まる夜間最大料金が400円とお得。後で訪れた「麺せい」はこの駐車場の提携店のようです。この店で午後6時以降に食事をすれば、200円で翌朝8時まで駐車できることになります。10月10日の宵宮はこの駐車場を利用しよう。

丸屋町アーケードでは第5回大津百町まつりが同時開催。

湯立山関係者は食事中のようです。

こちらは源氏山。源氏山がある京町通(旧東海道)は、電線が地下に埋設されているので、山を建てる際に雨除けの大きなブルーシートを張ることができないと、去年、松井工業の社長が言われていました。今年は足場を組んで雨除けを設置したそうです。

源氏山町内で傘(和心製「鯉の滝登り・錦」)の記念撮影。

夕食に駐車場と提携している「麺せい」を初訪問。

こじんまりとしたお店。窓の外に京阪電車京津線の路面電車が見れます。私が生まれる前の大昔に亡母が京阪電車に撥ねられたことがあると言ってましたが、多分、この辺りの電車道で起きたことだと思います。

同行者は750円の木の葉丼。量が少ない気がします。そんなに甘くはない京風の味付けと言ってました。

私は730円のざる定食。うどんの量よりもご飯の量が多い気がしました。特段に美味しいとは言えませんが、お得感はあります。

講演会が開催された大津祭曳山展示館。

湯立山は今年で創始400年の節目。今夜は宵宮に相当する日ですが、カラクリ人形が載せてある。

紫一色の源氏山、囃子方が見物客を盛り上げる様子は厳かな感じがする湯立山とは対照的。

曳山を建てずに参加した桃山の囃子方。救急車で運ばれる人がいて、囃子が30分ほど中断しました。

湯立山の前輪軸は大丈夫だろうか?

車輪と土台に使われる樹種は赤樫だと聞いています。

大津百町まつりの露店で買った300円の焼きそばはボリュームがあってしかも美味しい。紅生姜と鰹節がたっぷり入っている。

源氏山、湯立山、桃山以外の町衆も曳き手として参加しています。

https://youtu.be/awjC4ol4BTI?si=Bc8iF8ya9fPhHVQs

Otsu Matsuri in the Early Summer — Part 3へと続く。
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Otsu Matsuri in the Early Summer — Part 1

親しくしている湯立山囃子方のK氏から送られて来た、ユネスコ無形文化遺産登録記念として例外的に初夏(6月20日と6月21日)に行われる大津祭湯立山曳山行事のスケジュールを添付します。

第5回大津百町まつりと同時開催のようです。丸屋町アーケード商店街に設置される曳山は湯立山と源氏山のニ基。暑い時期なので、衣装をどうするのか?未定だそうです。祇園祭のような浴衣は着れないし。



私が興味があるのは20日(土)の山建てです。曳山曳行に参加させていただく予定です。

Otsu Matsuri in the Early Summer — Part 2へと続く。

Otsu Matsuri 2025 — Procession

大津祭本祭当日は今年で創立137年になる大津で最も古い幼稚園、大津市立大津幼稚園の向かいにある駐車場に車を停めました。私はこの大津幼稚園の卒園生です。先週の山建ての日にも利用したこの駐車場は、日曜祝日の午前7時から午後7時まで12時間利用しても最大駐車料金500円です。

浜通りから中町通りに移動してすぐの旧玉屋町の湯立山は今年の巡行順が13基目で最後の曳山になります。集合場所の天孫神社前がすぐ近くなので、出発まで待機中でした。

京町通りの源氏山町内に移動。

まもなく出発します。

源氏山の山方を担当するのは松井工業株式会社。湯立山同様、ご縁があって我々は源氏山でも関係者並みの扱いをされます。

中町通りの湯立山に戻りました。

巡行順が最後の湯立山が出発します。先頭に立つのが湯立山責任者。

天孫神社前に13基の曳山が集まりました。

浜通りにある松井工業株式会社の本社ビル敷地内で、関連会社の愛和グループホーム入居者とデイケアを利用するお爺ちゃんお婆ちゃんたちが曳山がやって来るのを待機中。

社長にどうぞお入りくださいと言われ、ここでも関係者待遇。

西宮蛭子山(鯛釣山)の責任者も大津市立中央小学校の同級生らしい。幼い頃に一緒に鯛釣山に乗って鉦を叩いていたはずですが、半世紀も経っているので全くわからない。

昼食は近くの豆藤で。大津祭の日は特別に二階が開放されるそうです。祖母の時代から利用している豆藤は調べたら創業が大正11年。お惣菜のお店です。大津らしい味付けで、京都の味付けとほとんど同じ。

鯉山の責任者も同級生らしい。宵宮の昨夜は同級生がLineのグループチャットを運営していて、同窓会を企画していたようで、通知音がうるさいほど。

昼休みの頃に天孫神社の神輿が中央大通りから中町通りへと進みます。

午後は中央大通りに設けられた有料観覧席背後に陣取りました。私の隣にいるご婦人は大津駅近くの末広町出身で、久しぶりに奈良から大津祭を観るためにやってこられたそうです。曳山の囃子の中でも湯立山の囃子が好きだと言われていました。

小雨が止んでから京町通りに戻りました。やはり、石畳は良い。電線が埋設されているのも。石畳の区域をもっと広めれば良いと思いますが、観光客が殺到して困る人もいるかもしれない。

鶴亀山の町内にも同級生。

戻り山は旧駅前通りで撮影。13基目の湯立山が寺町通り解散場所に到着する頃は提灯必須の暗さ。

これまでに何回も大津祭を観ていますが、午前7時過ぎから午後7時前までいたのは、曳山に囃子方として乗っていた頃を除いて、初めてかもしれません。湯立山が町内に戻ったら、すぐ隣の町内が所有する神功皇后山が待ち構えていました。しばらく囃子合戦した後、今度は湯立山が神功皇后山の方に移動して、また囃子合戦。これはしきたりだったのでしょう。知らなかった。

今年、気付いたことがもう一つあります。天孫神社との繋がりが特別な曳山である湯立山の囃子方は、ホッ、ホッ、ホッホーとか言って見物人を盛り上げるような行為はしないということ。解散場所での挨拶もしないという独自の伝統的な方針を堅守しているように思えます。

この頃になるとiPhoneの容量が足りなくなり、動画撮影できなくなりました。



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Otsu Matsuri 2025 — Yomiya

10月11日土曜の午後1時前に駐車場(タイムズ大津三井寺町)に車を停めました。山建ての日にこの駐車場が安いことを確認済みでした。目的地まで徒歩で少し距離があります。

湯立山を所有する旧玉屋町に到着すると、宵宮曳きがちょうど始まろうとしていました。山建て直後に行われた湯立山の曳き初めに参加したので、今日は源氏山の宵宮曳きに参加しよう。

大津祭が開催される大津中心部は子供の人口が増加しているそうです。毎年のように新しい大型集合住宅が建設されます。

源氏山のからくり人形。

郭巨山は少し離れたところで山建てをしたようです。

狸山のからくり人形。

上平蔵町にあった私の生家にも竈があったのを覚えています。

狸は屋根の上。

曳き初めと同様、百石町通りで湯立山と源氏山が横に並びます。

西に向かう源氏山。

この辺りは微妙な上り坂になっているので、曳き手として参加しました。

私の右におられるのは源氏山の山方棟梁。いずれは松井工業が引き継ぐそうです。

宵宮曳きが終わると、宵宮飾りが始まります。

提灯をぶら下げる際に必要な柱をこれから立てるようです。

祇園祭でもこのような設備が道路に設置されています。

提灯はロープで引き上げるようです。

電球が入っている木箱には「宵山飾り大吊り電球」と書いてある。大津祭では宵山のことを宵宮ということが多いです。宵宮の囃子が「宵山」です。

東側の提灯が立ち上がりました。

西側も。今夜は雨の心配はなさそう。

湯立山の宵宮飾りは終了していました。

猩々山がある浜通りを西に向かい、駐車場の方角へと進みました。

途中で孔明山によって。

さらに最も西にある石橋山に立ち寄ると、囃子が始まっていました。石橋山の模型、昭和2年10月製作と書いてある。なんと98年も前。祖父母の時代になります。私の父方、母方共に祖父母は大津祭が行われる大津中心部で暮らしていたはずです。そんな祖父母の時代に作られた模型が状態よく残っていることに驚きました。

石橋山では宵宮に所望の練習をしていました。



Otsu Matsuri 2025 — Processionへと続く。
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