A Trip To Kochi — Day 3

昨夜はホテルに戻ったら午後11時前になり、サウナ完備の大浴場を利用できず、3LDK(72㎡)の客室(703 Refresh Room)に設置されたバスルームを使用しました。(同行者は早朝に大浴場を利用したそうです。)このホテルの7階はコンドミニアム型VIPルームが4客室あり、IKEAのインテリアコーディネーターがコンセプト別に設計したそうです。この部屋にある家具や備品はすべてIKEAブランド。

コンドミニアム型VIPルームのベランダから早朝に撮影した高知市街。こちらで運転して気付いたことが一つ。高知ナンバーのドライバーはものすごくマナーが良い。我先にとアクセルを踏んで車間距離を詰める京都市街地ではマナーが日本一悪いというか、マナーがない無法地帯です。こちらの方は懐が深いのか、わざわざ後退してまでお先にどうぞです。

今年の1月に亡くなった義父と初めて会った際に、亡父が言っていました。「懐が大きい人や」と。人工密集地帯の京都市に隣接する大津百町(東海道最大の宿場町)育ちの亡父や私にとったら、考えられないほど度量が広い人でした。義父に特有の性格かと思っていましたが、どうやら高知の人は一般的にそうした性格の人が多いようです。

遅めの朝食を済ませてホテル客室に戻り、NHKの「趣味の園芸」を視聴。

テレビを観ていて出遅れましたが、日曜の朝は300年以上の歴史を持つ日曜市へ。新鮮で珍しい農産物がこじゃんとあるらしい。

義母が高知特有の土産物を物色している間に私はハンドメイドの工芸品を出品するお店の前で足が止まりました。これは一体なんだろうと思いながら興味津々。883工房の店主とお話しさせていただきました。上の画像に写っているのは線香やお香を立てる器だそうで、欅や山桜を旋盤を使って加工したものとのこと。穏やかな口調は私の木工師匠と似ている。

こちらは一輪挿し。地元高知県産の木材を使用しているそうです。

左手に持つアクセサリーホルダーと小さなお香立てを入手しました。いずれも樹種は欅で、蜜蝋を塗布しているらしい。無理して買わなくても良いですよと言われたらますます買いたくなるものです。

土佐内刃物を扱う柳川商店で楔3点を入手。

高知城の近くが日曜市の端っこ。

日曜市を訪れた午前中は曇っていて良かった。

昼食は初日の夕食を「さざなみ」でご馳走になった、歳が離れた同行者従兄弟夫婦と一緒。

鰹メインの土佐料理はこじゃんといただいたので、ランチは裕美さんが経営するスイーツとピッツアバーの店、1141 PASSAGEで。同じビルの隣には手打ちうどんのたも屋がありますが、こちらも経営者は同じ。

マルゲリータと魚介たっぷりのペスカトーラ?

これはかなり本格的?焦げた部分が香ばしい本物志向のピッツアでした。我々は「中の人」になりますが、お世辞ではなくて美味いぜよ。

チーズが苦手(知らなかった)な義母は、わざわざチーズを取り除いて食べていたので、これは可哀想と思い、スイーツを選びにショーケースに行ったら、ここにも「バスクチーズケーキ」が並んでいる。裕美さんが言ってました。ここのバスクチーズケーキは自慢の商品だと。義母はフルーツケーキにしました。

トイレに行ったら、なんと隣の「たも屋」と共用であり、手打ちうどんのカウンターが見えていました。後で知ったことですが、「たも屋」で買った手打ちうどんをPASSAGE 1141の席に持って来て食べても良いらしい。その逆も。知っていたら義母は手打ちうどんを選んだはずです。

店の外で記念撮影していたら、お店のお兄さんが店から出て来て写真を撮ってくれました。「おまん、(店の人に社長の親族であることを)言うちゅーか?」と尋ねられるほど、親切なお兄さんでした。

ピザとケーキをこじゃんと堪能した後、二日目に窪川で会った義母の姉の息子と娘(義母の甥と姪=同行者の従兄弟)と大丸の近くで待ち合わせしました。大丸の外で待っている間に、すぐ近くに昭和レトロな喫茶店があることに気付いたので、そこで会うことになりました。この店を選んだ時に天然木を加工したハンドメイドのベンチとスツールが目に入りました。

店内は正に昭和の香りがぷんぷん。

名物のウィンナーコーヒー。高知出身の誰もが知る著名人は坂本龍馬だけではない。ジョン万次郎、西川きよし、横山やすし、岩崎弥太郎、関勉(アマチュア天文家)、牧野富太郎など多数。

高知の路面電車は現役路線としては日本最古だそうで、ノルウェーやポルトガルの外国車両もあるそうです。意外と速いので右折時は要注意。

空港に向かう途中で地元の人も来るJAファーマーズマーケット、とさのさとに立ち寄りました。

レンタカーを空港近くで返却して、

伊丹空港行き最終便のANA 1616便に搭乗しました。池田市の義母宅を経由して自宅に戻ったら午後11時頃になりました。

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A Trip To Kochi — Day 2

OMO7高知16階の客室(1607)から見た早朝の景色。思っていたより高知市中心部は都会でした。これから長い一日が始まります。

午前7時過ぎには朝食会場へ。

前日に鰹のたたきをたくさんいただいたので、朝食は鰹以外で。クロワッサンが美味しい。

星野リゾートは無垢の木にこだわりがあるのか、あちこちに無垢材が使われている。

土佐犬は楠を加工したものだそうです。軟らかい楠は彫刻に向いている。

この新型Suzuki HUSTLERのボディーは触るとツルツルとして光沢がある。どんなコーティング剤を塗布しているのだろう?

3日間、レンタカーを運転して気付いたことが一つ。加速というか、トルクは最廉価モデルの自車の方が力強い気がする。ディスプレイオーディオはやっぱり欲しいかな。自力で取り付けるとなると、数日はかかりそう。

義母の実の姉が暮らす窪川へと向かいました。高岡神社の分社に義父の先祖を永代供養しているらしい。高知は仏教よりも神道の方が一般的なのか?

四駆でないと登れないと思うほどの急な坂の上に桧で建てられた分社がありました。

義母の姉宅に戻って、高知の郷土料理である豪華な皿鉢料理をいただきました。調べると、皿鉢料理は神事の際の儀式食が発展したものだそうで、やはり高知は神道が主流なのかと思わされます。画像には写っていない鰹のたたきや巻き寿司、刺身など4人では到底、食べきれない量がありました。姉と話す義母は「おまん」と「〜ちゅー」、「〜ぜよ」連発の土佐弁で、義母が暮らす大阪北摂では聞いたことがない言葉を話していました。

そして、義母の生誕地は樺太だったということを初めて知りました。Wikipediaによると、「日本本土の食糧確保のために農業移民が指向され、とくに1928年から1940年は集団移民制度が実施された」とあります。さらに調べると、「樺太土佐村」が樺太に存在したようです。義母が生まれたのは1939年なので、集団移民制度実施中になります。養父が樺太で馬に乗っていたと話していたことから推察すると、樺太の行政政府職員だったのかもしれません。同行者従兄弟の話によると、義母の父親は樺太で移住に関する仕事をしていたということです。

高知市内に戻る前にお土産を買いに、久礼大正町市場へ。義母の甥の同級生が経営するというここの鰹のたたきは特段に美味しいそうで、義母は大量のお土産を買っていました。クーラーボックスは持参していないので、この市場で買ったものの大半は宅配便で発送依頼したようです。

大正町市場の由来。

この日の夕食は、義母の血縁関係にはない姪(=同行者従兄弟)である、株式会社ラトゥールの代表取締役社長の裕美さんと華珍園別館での会食となりました。初日に出会った際に高知の郷土料理でお腹がいっぱいであることを伝えたら、リストアップされた飲食店の中から老舗の中華料理店である華珍園を選んでくれていたようです。

裕美さんは幼い頃から家族でこの中華料理店を訪れていたそうで、私にとっては1953年創業の浜大津あたか飯店のようなお店かもしれません。

4人で再会を祝って乾杯。私と義母以外(=裕美さんと同行者)は台湾ビール。義母はウーロン茶、私はノンアルコールのライチカクテル。裕美さんと同行者はビールを何杯もおかわりした後、冷酒らしきものも楽しんでいました。高知は酒豪が多いと聞いていましたが、それを実証するかのように、土佐の血が濃厚に入っている同行者と東京在住の姉や甥は、アルコール消費に関しては底なし間違いない。

フカヒレ醤油味スープ

メニューは裕美さんにお任せしたら、次から次へとどんどん運ばれてきます。

酸辣湯

酸辣湯は私の希望。Baskin Robbinsサーティワン5店舗を含む、飲食店フランチャイズ加盟店15店舗を高知市内で経営する裕美さんは食通でもあり、鼎泰豊台湾本店にも行ったことがあるそうです。

カニとレタスの炒飯

雑誌や地方紙に取材記事が何度も掲載されたことがある女性起業家の裕美さんは地元ではちょっとした有名人であり、従業員が150名近くもいるとか。

中国野菜のニンニク炒め?

名古屋味仙の台湾ラーメンや青菜のことも当然のように知っておられました。

大海老のチリソース煮

華珍園別館は外国人客も多いそうで、この日も何名かの団体客を見ました。

酢豚(甘酢)

酢豚は義母の希望。

肉団子の甘酢あんかけ

手羽先の唐揚げ

味仙の手羽先とは全然違って辛くなく、注文を受けてから揚げているようです。

いもの飴だき

浜大津あたか飯店では締めくくりにさつまいもの飴炊きを亡父がいつも注文していましたが、ベトベト感と味付けが似ている。

ラストオーダーまで華珍園で夕食を楽しんだ後、ホテルに戻ろうとしていたら、裕美さんからもう一軒行きましょうとのお誘いを受けて、徒歩数分の距離にある、看板が上がっていないバーにハシゴすることになりました。

ここはデザートのパンが特別に美味しいとのことで、おすすめのクロワッサンをいただきました。

A Trip To Kochi — Day 3へと続く。
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A Trip To Kochi — Day 1

伊丹空港の駐車場はまるで滑走路

高齢の義母が高知に久しぶりに里帰りすることになり、娘である同居人と私が付き添うことになりました。我々にとっても航空機での移動を含む国内旅行は久しぶりになります。

高知へと向かうANA 1605便は伊丹空港(大阪国際空港)南ターミナルから出発。

利用した航空機はプロペラ機であるボンバルディアDHC-8-400。プロペラ機に搭乗するのは明確な記憶にないほど久しぶり。微かな記憶があるのは、1990年頃にイリノイ州シカゴからメキシコのカンクンへと向かう際に乗り継いだ航空機の一機がプロペラ機だったように覚えています。

離着陸時の重力加速度(G)はジェット機と変わらないと感じました。

大鳴門橋

着陸時はジェット機のGを上回るのではないかと感じたほど、身体が前方に持って行かれました。6枚の羽の角度を調整することにより、ジェット機の逆噴射のような効き目があるそうです。

半時間ほどの飛行で高知龍馬空港に降り立つと、どこか南国の雰囲気が漂っていて、海外旅行をしているかのような気分になりました。言語学専攻の私は外国語や方言に興味があります。前世紀末に初めて高知出身の義父と会った時、義父が話す言葉を理解できたのは3割ほどで、残りの7割は推測でした。土佐弁は私にとってはフランス語や米語を理解することよりも難しいと感じたものです。今では9割以上は理解できます。

Budgetレンタカーを予約していました。

予約時に希望したSuzuki HUSTLERを借りることができました。鉄ちんのホイールがこの車には似合っている。オートエアコンにカーナビ、自動ブレーキなどのフル装備車ではありましたが、iPhoneのMaps利用時にカーナビ画面と連携させながら充電するためのUSB端子がどこにあるのかわかりませんでした。(返却時に聞いたら、グローブボックスの中にあることがわかりました。)Bluetooth接続で音楽とナビの音声案内は使用できました。

初日のランチは高知市内のホテルへと向かう途中で適当に選んだ店にしようと思っていましたが、Mapsのナビが高知自動車道を案内したので、どの店にも寄ることなく、結局目的地のホテル駐車場に着いてしまいました。ランチはその駐車場係員の方に教えてもらったひろめ市場に行くことにしました。

私は鰹の炊き込みご飯に鰹たたき定食。

義母は司食堂で鰹のたたき定食。

同行者は同じ司食堂でカキフライの定食。

昼食後に鏡川新月橋近くの親戚宅を訪問し、その後、予約していたホテル駐車場に戻りました。立体駐車場は車高の高低に合わせて2機ありました。

大人1〜4名までが泊まれる、「うたげスイート」は16階にありました。

広々とした部屋でした。

夕食は別の親戚(義母の姪=同行者の従兄弟)家族と共に帯屋町のさざ波で会食。

ここでも鰹たたき料理をご馳走になりました。

こちらはすだちと塩で。

このエビの唐揚げも絶品でした。

初日に鰹食べすぎた後は、ホテル客室に置いてあった土佐ブレンドのドリップコーヒーが美味かったぜよ。

A Trip To Kochi — Day 2へと続く。

October 2024

Rakuten Mobile Data Usage

2024年10月は大津祭と彗星C/2023 A3 (Tuchinshan-ATLAS) 撮影三昧の忙しい一ヶ月でした。伊吹山から淡路島まで遠征もしたので、今月の楽天モバイルデータ消費量は1.91GBと多め。久しぶりに二台のデジタルカメラ(Nikon D7000とOlympus PEN E-P5)が活躍しました。怒涛の一ヶ月を下にまとめておきます。

October 1
彗星撮影の前半戦は日の出前の東の空が低い位置から見渡せる琵琶湖畔へ。日の出前なので早朝4時頃に起床。1日は低空の雲が邪魔になって彗星の姿は見えず。

OLYMPUS M.60mm F2.8 Macro, ISO 500, 120mm, f2.8, 15.0s. Shot at 04:59:25 on Oct. 2, 2024.

October 2
天候条件が悪くはなかったので、二日連続で同じ琵琶湖畔へ出撃。換算120ミリの望遠レンズで初めてこの彗星を捉えることに成功しました。

October 6
大津祭山建ての日。この日も早朝6時過ぎから旧玉屋町自治会館前で湯立山が建てられる様子をインターバル撮影。硬い赤樫で造られた玉3輪から組み立てられる様子を見たのは初めて。午後に行われた曳初めにも参加。

October 11
天狗杉と呼ばれる大きな杉がある所で彗星撮影の後半戦を開始。山の稜線が思っていたよりも高くて日没後に見えるはずの彗星は見えず。撮影場所の選択に失敗しました。

October 12
標高1260m地点にある伊吹山ドライブウェイ山頂駐車場で彗星観察の特別イベントが12日〜14日までの3日間、開催されるという情報を得て、その初日である12日に大津祭宵宮をお休みして滋賀県最高峰の伊吹山に登りました。山登りに興味がない私は滅多にこんなに標高が高いところに来ることはありません。山頂付近から見る景色に圧倒される。近くの山よりも飛び抜けて標高が高いと、地平線高度がマイナスの位置にある星が見える。

Nikon D7000 AF Nikkor 50mm ƒ1.8D, ISO 125, 75mm, f2.2, 2.5s shot at 18:21:46 on Oct. 12, 2024

彗星撮影を念頭に置いて入手した明るい50ミリ単焦点レンズを装着したNikon D7000は、ISOの設定ミスで露出不足となり、RAWで撮影したにも関わらず、残念なことにこれ以上の補正ができなくなりました。

OLYMPUS M.60mm F2.8 Macro, ISO 800, 120mm, f2.8, 4.0s. Shot at 18:24:04 on Oct. 12, 2024.

60ミリマクロレンズを装着したOlympus PEN E-P5は適正な露出設定ですが、薄雲がちょっと邪魔。彗星の地平線高度がマイナス高度であっても雲がなければまだ写ったはずですが、翌日の大津祭本祭に備えて、早めに撤収しました。

October 13
大津祭本祭も早朝6時頃から、湯立山でからくり人形を曳山に載せるシーンを撮影。

Nikon D7000 AF Nikkor 50mm ƒ1.8D, ISO 560, 75mm, f2, 1/10s shot at 17:55:55 on Oct. 13, 2024

大津祭本祭の撮影は午前中に済ませて、早めに帰宅して夕方に近所の大きな杉の木の下へ。ここは後半戦初日に撮影を試みた場所。二日が経ち、彗星は地球に最も接近する近地点にあるはず。天候条件も悪くはなかったので、彗星は写るだろうと高を括っていましたが、見えない。上の画像を撮影したのは17:56頃。彗星の高度はこの時、+11ºぐらいなのでやはり、山の稜線が高過ぎて彗星はすでに稜線の下だったのでしょう。翌日14日は淡路島に遠出する計画を立てていたので、前日の13日はお手軽撮影に済ませようとしたことがそもそもの誤りでした。

October 14
西の空が見渡せる最適な撮影地を求めて淡路島に一泊旅行。地元の人に聞いてやって来たのが五色夕日が丘公園。輝度86%の月が邪魔になることを除けば、撮影条件は概ね良好。

Apple iPhone 12 mini, ISO 800, 26mm, f1.6, 3.2s shot at 18:13:12 on Oct. 14

彗星の頭が雲の中ですが、iPhone 12 miniでも長い尻尾が写りました。ISOが低めの800なので、高感度ノイズがそれほど目立たない。後日、入手した星空撮影に特化したiOS用App、AstroShaderがあればマニュアル設定での撮影が可能なので、もっと綺麗な写真が撮れたかもしれません。

OLYMPUS M.60mm F2.8 Macro, ISO 640, 120mm, f2.8, 6.0s. Shot at 18:47:17 on Oct. 14, 2024.

この日も周囲にいた若いお兄さんがいち早く彗星を捉えました。雲と雲の間に彗星が頭を出した。

OLYMPUS M.60mm F2.8 Macro, ISO 640, 120mm, f2.8, 6.0s. Shot at 19:02:34 on Oct. 14, 2024.

また別の雲に沈みそうな彗星。尻尾が長くて換算120ミリの望遠レンズには収まらないほど。この頃には北極星が見えていて、赤道儀の極軸を合わせているので、露出をもっと長くすれば良かった。

October 17
淡路島から帰って次の日は琵琶湖対岸の湖岸緑地公園に行き、機材は準備万端でしたが突然現れた雲が空全体を覆い、月すら見えない悪条件となりました。撮れた彗星の写真は一枚だけ。

October 20
17日に行った湖岸緑地公園から少し南下した別の緑地公園で撮影に挑みましたが、この日も日没後に突然、空全体が厚い雲に覆われて撮影できず。

OLYMPUS M.60mm F2.8 Macro, ISO 1250, 120mm, f2.8, 8.0s. Shot at 18:29:40 on Oct. 21, 2024.

October 21
伊吹山と淡路島で撮影してから1週間以上が経ち、彗星は急激に減光していたはずですが、21日に近くの山の中腹で彗星の全体像を初めて捉えることができました。恐らくこういうことだと思います。上の画像を撮影したのは18時30分頃で彗星の高度は27ºでした。撮影地から見える山の稜線はおよそ高度20º。日没後、1時間以上が経過して月明かりの影響もなく、十分に空が暗かったので、4等星ぐらいまで暗くなっていた彗星が目視でも確認できるほど、明るく見えた。前方散乱のおかげで長い尻尾も写ったということでしょう。

Nikon D7000, Tokina AT-X 116 PRO DX, ISO 1250, 24mm, f2.8, 8.0s shot at 18:33:36 on Oct. 21, 2024

周囲が十分に暗い環境だと、ISOを高くして長めの露出に設定できます。画質はRAWに設定しているので、もっと大幅な補正が可能ですが、派手な写真は私の好みではないので補正は控えめに。

OLYMPUS M.60mm F2.8 Macro, ISO 1250, 120mm, f2.8, 8.0s. Shot at 18:54:13 on Oct. 21, 2024.

地上の景色が少しでも視野に入ると、星景写真って感じになります。

October 25
25日もBBさんをお誘いして山の中腹で撮影を試みましたが、生憎の天候となりました。結局、10月21日の撮影が最後となったようです。

C/2023 A3 (Tsuchinshan–ATLAS) — Part 11

18:13:12, Apple iPhone 12 mini, ISO 800, 26mm, f1.6, 3.2s

翌朝に気付いたのですが、三脚固定のiPhone 12 miniで撮影した画像のほぼすべてに彗星、C/2023 A3 (Tuchinshan-ATLAS) がうっすらと写っていました。準備中に確認した通り、彗星は金星とArcturusのちょうど中間辺りにありました。

18:14:54, Apple iPhone 12 mini, ISO 1250, 26mm, f1.6, 4.8s

頭の部分が厚い雲の中ですがこの画像にも極めて長い尻尾がうっすらと写っています。

18:15:52, Nikon D7000, AF Nikkor 50mm ƒ1.8D, ISO 800, 75mm, f2.8, 2.0s

側で彗星撮影をしていた、徳島からやって来たという青年二人が真っ先に彗星を捉えました。往路途中の大鳴門橋で大きな交通事故を目撃したそうで、下りが通行止めになっていたとか。どうやって徳島に帰るかを気にしながらフルサイズのカメラで撮影されていました。

18:51:57, OLYMPUS E-P5 M.60mm F2.8 Macro, ISO 640, 60mm, f2.8, 6.0s

西の低空は厚い雲ですが、北の方は晴れていて北極星が見えていたので、赤道儀の極軸を合わせました。6.0秒の露出で、換算120ミリの望遠レンズでも星が流れていない。

19:02:48, Nikon D7000, AF Nikkor 50mm ƒ1.8D, ISO 1250, 75mm, f2.8, 5.0s

Nikon D7000ではインターバル撮影ができずに結果として撮影枚数が少なくなりました。原因はライブビューで撮影していたからだと思われます。

飛行機雲のように長くて立派な尻尾。実際には空はこんなに明るくないので間違えることはありませんが。厚い雲に邪魔されましたが、それなりに大彗星を画像に記録することができました。

今夜の宿泊先は東海岸のFairfield BY MARRIOTTホテル。

オープンしてそれほど時間が経っていないそうで、こぢんまりとしたロビーに設置された大きなテーブルと椅子が快適そのもの。

何杯でもお代わり無料の最新型コーヒーマシーンでカップ麺にお湯を注いで、

テラスで夜食。

2階の部屋も快適でした。

浴槽がないバスルームには脱衣場がなく、ベッドの方から丸見えなんやと思いながらシャワーを浴びた後に気づきました。寝室とバスルームの間に大きな引き戸があることに。

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C/2023 A3 (Tsuchinshan–ATLAS) — Part 10

明石海峡大橋を渡るのはちょっと久しぶり。今回の目的は話題の彗星撮影。

昼食は淡路S.A.に出店する、株式会社ダスキンがフランチャイズ展開するTHE丼の海鮮丼。同行者は「釜揚げしらす丼」、私は「たこの唐揚げ丼」のセット。いずれも淡路S.A.店限定メニュー。

出発前から目星を付けていた撮影候補地はあったものの、実際に行ってみたら西の空が地平線まで見えなかったら困るので、淡路サービスエリア下りの観光案内所で目的を告げて、条件を満たすような場所がないか、お姉さん方に教えていただきました。

広角レンズで狙えるほど尻尾が長い大彗星なので、人と違う写真を撮るのなら前景が最も大事。目星を付けていたのは、弥生時代(約1800〜1900年前)の鍛冶遺構を中心とする集落跡を復元した五斗長垣内遺跡である「弥生の森」。

Sky Safari A/R Screen Shot

夕暮れ時の天候条件が良ければ、こんな写真が撮れるかもしれません。彗星の核は金星とArcturusを結んだラインの中央付近。事務所の兵庫県教育委員会の職員さんに尋ねると、この施設は5時に閉まるとのこと。5時以降は動物除けの電気柵が通電されるので、柵の内側に入ろうとして怪我をしても責任は取れませんとのことでした。言い換えれば、自己責任で良ければ入っても構わないことを暗に示唆されました。

日没までまだ時間があったので、観光案内所のお姉さん方に教えてもらった、「焚き火カフェEmoTOKYO」に向かいました。確かに西の低空に何もない絶景の海岸沿いにカフェはありました。太陽はもうすぐ右下の瀬戸内海の中に沈む、少し遅れて彗星も。

カウンター席がすべて海側を向いている。

海を見ながら焚き火?

こんな英語表記の看板、国内で初めてみました。"BEHIND THIS DOOR IS SMOKING AREA"と書いてある。私の大学卒業論文のテーマである、「主語倒置文で旧情報>新情報、文末焦点」をうまく利用している。卒論はフランス語でしたが、情報の流れは英語も日本語も同じ語順。

レトリバーのSurf君が招き犬になっているところなど、近くのOBERTONにどことなく似ている。店員さんに尋ねると、店は8時まで営業するそうで、彗星の撮影には店の照明や街灯が邪魔になって適していないかもしれないとのことで、別のとっておきの場所を教えてくれました。もう少し、南に行った「五色夕日が丘公園」というところ。

あまりにもマイナーで地元の人しか知らないのか、Apple Mapsに載っていない。そういえば、「焚き火カフェEmoTOKYO」も掲載されていなかった。仕方なくGoogle Mapsのナビを使いましたが、途中でGPSに支障があり方角がわからなくなることがありました。それにダッシュボードに取り付けたiPhoneが高熱になり、システムが何度も終了する事態に見舞われました。異常な太陽フレアの発生に伴う磁気嵐と季節外れの異常な高音直射日光が原因と思います。

意味不明な石造りの大きな船とか方位磁石不要の石像物が置いてあり、夕陽を見るにはちょうど良い。

遠くまで来た甲斐がありました。

機材を準備していると、夕陽目当てと思われるカップル数組と彗星撮影が目当てのカメラマン数人が集まりました。

瞳孔が若い頃のように開かないので暗所で見辛く、星も見えにくくなっている私にとって、同好者が側にいてくれるのは有り難いこと。彗星を先に見つけてくれる。

良い写真、撮れそうです。

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