



所望撮影後、豆藤で早めの昼食を済ませて、島ノ関駅近くの駐車場に戻り、しばし休憩。巡行昼休み休憩が終わる頃に中央大通りに戻りました。宵宮と本祭共に秋晴れの大津祭は久しぶり。ユネスコ無形文化遺産登録後、初めての本祭とあり、その宣伝効果なのか、例年よりもずっと人出が多い。





午後は中町通りの湯立山玉屋町で静止画撮影後、京町通りの源氏山基地へ。


午前と午後とでは囃子方の衣装が変わります。午後の方がより華やかに。




所望撮影後、豆藤で早めの昼食を済ませて、島ノ関駅近くの駐車場に戻り、しばし休憩。巡行昼休み休憩が終わる頃に中央大通りに戻りました。宵宮と本祭共に秋晴れの大津祭は久しぶり。ユネスコ無形文化遺産登録後、初めての本祭とあり、その宣伝効果なのか、例年よりもずっと人出が多い。





午後は中町通りの湯立山玉屋町で静止画撮影後、京町通りの源氏山基地へ。


午前と午後とでは囃子方の衣装が変わります。午後の方がより華やかに。



大津祭本祭当日はリパーク大津島ノ関第4駐車場に車を停めました。日・祝の最大料金(08:00 ~ 20:00) が550円とお得です。早めの午前7時半頃に到着し、京阪電車石坂線の踏切を渡ったところにあるLawsonでコーヒーを飲みながら時間調整しました。ここから湯立山の基地まで徒歩5分ぐらい。
湯立山は中町通りを西に進み、中央大通りを左折し、百石町通りを左折して集合場所の天孫神社前に向かいます。中央大通りの中央分離帯に陣取って、私は主にiPhone 18 Proで動画撮影。同行者はiPhone 16eで静止画撮影。
動画撮影にスタビライザー機能があるジンバルを購入しようかどうか迷っていましたが、自作のMagSafe対応スマホホルダーで十分かと考えを改めました。





大津祭本祭を観覧する際に重要なのは、無料で配布されるマップを見て、先回りして待ち構えることです。我々は浜通りにある松井工業株式会社本社前に陣取りました。系列会社である愛和グループホームの入居者やデイケア利用者が集まります。
昼食は去年と同じようにすぐ近くにある豆藤本店で弁当を買い、二階で食べました。二階を開放するのは大津祭本祭の日限定だそうです。
松井工業株式会社の向かいにある自民党、大岡敏孝議員事務所の外階段に移動し、所望を動画撮影しました。妙に愛想の良い人がどうぞお上がりくださいと手招きしてくれたので階段で撮影することに。この愛想の良い人は大岡敏孝議員本人でした。動画撮影時は折り畳んだカメラ用三脚を一脚のように使い、雲台にiPhoneを載せて撮影しました。
今回、初めてWordPressブロックにGalleryを埋め込みました。それぞれの画像をタップ/クリックすると、より大きな画像のページに遷移します。まずは記事のタイトルをタップ/クリックしてください。



湯立山の山建ての様子を玉出しから動画撮影しようと、現地に午前7時前に到着しましたが、前玉、後玉がすでに組み立ててありました。今年はプロの動画撮影班が山建ての全過程を収録しているらしく、天候条件が良かった前日の10月3日土曜に土台まで組み立てたようです。
いつも停めている大津幼稚園前の駐車場がなくなっていたので、困っていましたが、湯立山囃子方責任者であるK氏のご実家に停めさせていただくことになりました。






右後玉の土台が直角ではなく、内側に傾いていますが、左に流れる現象の原因かもしれない。







湯立山創始400年祭の今年は、からくり人形とオリジナルの胴幕、前幕、見送り幕などは蔵の向かいにある、6年前に閉店した藤屋内匠で展示。




土台から上の高所作業はすべて工務店の山方(白シャツ)が担当。黒シャツは町内の山方、囃子方などの関係者。私は白シャツが欲しいのですが。



龍門滝山に移動しました。こちらは今朝から玉出しをしたようです。車輪が比較的、新しいように見えます。龍門滝山の責任者も同級生。






石畳が美しい旧東海道、京町通の源氏山に移動。ここにも撮影クルーがいました。私も動画を少し、撮影。MagSafe対応の車載スマホホルダーを分解したものを回転しないジンバルとして使いましたが、使い勝手と見た目がよろしくないので、もうちょっとマシなものを端材を使って自作しようと考えています。



京町通を東に戻り、狸山の地元に移動しました。兄の同級生によると、狸山の見送り幕を修復しようとして見積もりをしたら、二千万円!だったそうです。見送り幕には金糸が使われており、金の価格高騰による影響だそうです。





湯立山の装飾品を保存する建物や蔵に、少しの間でも留守にする際は鍵をかける理由がわかりました。
後ろ玉後方にぶら下がるように取り付けてある二本の角材は、猫足というそうですが、これ、飾りではなく、大事な機能があります。辻回しの際に前玉を持ち上げますが、このときに猫足が接地するほどに高く持ち上げて山が転倒しないようにするための指標です。
前半で雨除けのブルーシートを撤去する際に滝のように流れ落ちた水がカメラマンを直撃するというハプニングの一部が映っています。
最後の辻回しでは琵琶湖に向かって下り坂の中央大通りから中町通を後退できるように右折します。大きな荷重がかかる前玉を持ち上げるのは一苦労。三度に分けて休憩しながらの辻回しになりました。

FIFAワールドカップ日本対チュニジア戦をテレビ観戦した後に自宅を出て、大津幼稚園前パーキングに午後4時前に到着しました。日祝の昼間(午前7時〜午後7時)最大料金が500円とお得です。湯立山の地元(玉屋町)から徒歩1、2分ぐらいの至近距離です。

丸屋町商店街では湯立山と源氏山の撤収準備が行われていました。提灯を収納する円筒形の入れ物、年季が入っています。

源氏山の山方を担当する松井工業社員は午後4時半に現地集合だったそうです。この源氏山か湯立山の曳き手に参加させてもらおうと考えています。昨日は雨の中で曳山を移動させたこともあり、曳き手が少なくて苦労したと言われていました。

源氏山関係者の中に熱狂的なサッカー日本代表ファンがおられるようです。

出発準備が整った湯立山。

一年で最も日が長い夏至ですから、戻り山でも提灯は不要です。

紫式部の後ろ姿をあしらった長襦袢が格好良い。秋祭りである大津祭で、囃子方が着用する長襦袢を初夏に羽織るのは耐え難いだろうと思っていましたが、雨天、曇天のおかげでそんなに暑くはないでしょう。
曳山を所有する町によって異なりますが、囃子方が着用するこの長襦袢は個人が特注した一品ものであり、同じものはないはずです。親から子へと代々受け継がれる場合もあります。私は鯛釣山に乗っていた幼少時、白地に赤い鯛をあしらった長襦袢を着用していた微かな記憶があります。

松井工業社員の方は源氏山右側の梃子を担当されています。梃子のことを「へら」と呼ぶこの方によると、梃子と車輪が水に濡れると「へら」が滑って苦労するそうです。

最初は源氏山の曳き手に加わりましたが、十分な人が参加していたので、浜通りを東進する湯立山の曳き手として参加することに変更しました。縄を持ってすぐに前輪が左右に揺れていることに気付きました。

湯立山棟梁の依頼を受け、前輪が左右に揺れる状況を私が動画撮影することになりました。これはちょっと危ないかな?と感じるほどの揺れでした。これまでに曳山巡行中に前輪の軸が破損する事故が起きています。総重量が4トンもある曳山を3つの車輪で支えているわけですが、中でも前輪にかかる荷重は大きく、定期的に車輪は交換修理する必要があります。車輪の新調や修理には特殊な技術が必要で、京都祇園祭の車大工に依存することもあったそうですが、最近では大津の宮大工であり、お隣の神功皇后山責任者の太田豊地さんが技術を伝承しておられるようです。

後退しながら中町通を東進して地元の玉屋町に戻る湯立山。

湯立山関係者の記念撮影。

解体後に車輪は面取り作業を兼ねて、点検するそうです。私がiPhoneで撮影した4K検証動画は、"unlisted"(非公開)でYouTubeに投稿し、関係者にURLを配布しました。

ユネスコ無形文化遺産登録記念を祝して例外的に6月に開催される大津祭を観るために丸屋町商店街を訪れました。今日は朝6時から湯立山と源氏山の山建てが行われました。天候次第で山建ての見学をしようと考えていましたが、今日は生憎の雨。
浜大津に到着したのは夕方になりました。今回は浜通りにある大津市立図書館隣の駐車場に車を停めました。18時から始まる夜間最大料金が400円とお得。後で訪れた「麺せい」はこの駐車場の提携店のようです。この店で午後6時以降に食事をすれば、200円で翌朝8時まで駐車できることになります。10月10日の宵宮はこの駐車場を利用しよう。

丸屋町アーケードでは第5回大津百町まつりが同時開催。

湯立山関係者は食事中のようです。

こちらは源氏山。源氏山がある京町通(旧東海道)は、電線が地下に埋設されているので、山を建てる際に雨除けの大きなブルーシートを張ることができないと、去年、松井工業の社長が言われていました。今年は足場を組んで雨除けを設置したそうです。

源氏山町内で傘(和心製「鯉の滝登り・錦」)の記念撮影。

夕食に駐車場と提携している「麺せい」を初訪問。

こじんまりとしたお店。窓の外に京阪電車京津線の路面電車が見れます。私が生まれる前の大昔に亡母が京阪電車に撥ねられたことがあると言ってましたが、多分、この辺りの電車道で起きたことだと思います。

同行者は750円の木の葉丼。量が少ない気がします。そんなに甘くはない京風の味付けと言ってました。

私は730円のざる定食。うどんの量よりもご飯の量が多い気がしました。特段に美味しいとは言えませんが、お得感はあります。

講演会が開催された大津祭曳山展示館。

湯立山は今年で創始400年の節目。今夜は宵宮に相当する日ですが、カラクリ人形が載せてある。

紫一色の源氏山、囃子方が見物客を盛り上げる様子は厳かな感じがする湯立山とは対照的。

曳山を建てずに参加した桃山の囃子方。救急車で運ばれる人がいて、囃子が30分ほど中断しました。

湯立山の前輪軸は大丈夫だろうか?

車輪と土台に使われる樹種は赤樫だと聞いています。

大津百町まつりの露店で買った300円の焼きそばはボリュームがあってしかも美味しい。紅生姜と鰹節がたっぷり入っている。

源氏山、湯立山、桃山以外の町衆も曳き手として参加しています。
Otsu Matsuri in the Early Summer — Part 3へと続く。
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10月11日土曜の午後1時前に駐車場(タイムズ大津三井寺町)に車を停めました。山建ての日にこの駐車場が安いことを確認済みでした。目的地まで徒歩で少し距離があります。

湯立山を所有する旧玉屋町に到着すると、宵宮曳きがちょうど始まろうとしていました。山建て直後に行われた湯立山の曳き初めに参加したので、今日は源氏山の宵宮曳きに参加しよう。

大津祭が開催される大津中心部は子供の人口が増加しているそうです。毎年のように新しい大型集合住宅が建設されます。

源氏山のからくり人形。

郭巨山は少し離れたところで山建てをしたようです。

狸山のからくり人形。

上平蔵町にあった私の生家にも竈があったのを覚えています。

狸は屋根の上。

曳き初めと同様、百石町通りで湯立山と源氏山が横に並びます。

西に向かう源氏山。

この辺りは微妙な上り坂になっているので、曳き手として参加しました。

私の右におられるのは源氏山の山方棟梁。いずれは松井工業が引き継ぐそうです。

宵宮曳きが終わると、宵宮飾りが始まります。

提灯をぶら下げる際に必要な柱をこれから立てるようです。

祇園祭でもこのような設備が道路に設置されています。

提灯はロープで引き上げるようです。

電球が入っている木箱には「宵山飾り大吊り電球」と書いてある。大津祭では宵山のことを宵宮ということが多いです。宵宮の囃子が「宵山」です。

東側の提灯が立ち上がりました。

西側も。今夜は雨の心配はなさそう。

湯立山の宵宮飾りは終了していました。

猩々山がある浜通りを西に向かい、駐車場の方角へと進みました。

途中で孔明山によって。

さらに最も西にある石橋山に立ち寄ると、囃子が始まっていました。石橋山の模型、昭和2年10月製作と書いてある。なんと98年も前。祖父母の時代になります。私の父方、母方共に祖父母は大津祭が行われる大津中心部で暮らしていたはずです。そんな祖父母の時代に作られた模型が状態よく残っていることに驚きました。

石橋山では宵宮に所望の練習をしていました。
Otsu Matsuri 2025 — Processionへと続く。
Otsu Matsuri 2025 — Trial Runに戻る。

天候が良ければ早朝から出かける予定でしたが、今日は夕方までずっと雨の予報だったので、昼から出かけることにしました。

山建ての際に貴重な材が雨で濡れないようにブルーシートがかけられています。中央小学校敷地内にクレーン車を駐車させてロープを引っ張っている。

湯立山のシートはこんな感じ。私は鈴鹿サーキットで入手した合羽とワックスを塗布した防水バケツハットを着用。今年はカメラ機材を用意していません。

去年は早朝6時過ぎ頃から山建ての様子を写真撮影しました。

順調に山建てが進んでいるようで、午後2時頃から曳き初めが始まります。

狸山の前を通って、天孫神社へ。

神輿の蔵出しは終了していました。

京町通を西へと進み、源氏山へ。

この辺りは路面が石畳、電柱がなく、電線は地下に埋めている。

数年前から源氏山の山建ては松井工業が担当されています。私の左が松井社長、右が娘婿。電線がないので、ブルーシートをかけるところがなく、山建てはブルーシートなしでやったそうです。屋根上に登った時、足元が滑って怖い思いをしたと言われていました。

中町通を東に戻り、曳き初めが始まった湯立山を追いかけました。

車を停めた大津幼稚園前の駐車場辺りで湯立山の曳き初めに参加しました。

浜通りを右折すると県庁まで登り坂になっており、曳き手不足になりがち。

この坂はきついので、体力消耗します。湯立山は13基の中で最も重いのではないだろうか。

県庁前を右折して百石町通りに出ると、後は道が平坦か下りになっています。

中町通を後退しながら玉屋町へと戻ります。

ブルーシートの下に戻りました。

今年(2025年)の大津祭は以下の日程で開催されます。
鬮取り式:9月16日(火)
山建て:10月5日(日)08:30 ~ 15:00(曳初め)
宵宮:10月11日(土)夕刻 ~ 21:00
本祭:10月12日(日)09:00 ~ 17:30
伝統的な建築、木組みや木材に関心がある私にとって、見学していて最も興味深くて面白いと思うのは本祭の前週日曜に行われる山建てです。囃子方として幼い頃に曳山に乗っていた私も早朝から行われる三輪部分の組み立てを見たのは去年が初めてでした。
曳山を所有する各町により異なりますが、湯立山の場合、山建ては早朝の午前6時前頃から始められます。
下の長編動画は昨年撮影した湯立山の山建ての様子

7月21日、いつものようにminority318さん宅に車を停めさせていただき、朝から東寺弘法市へ。週末の弘法市にしては人が少なめなのは連休最終日であることと早めの午前9時頃であること、そしてとにかく暑すぎることがその原因だろう。

西門から境内に入って最も遠い場所で出店されている、品数豊富ないつものおじさんの店に真っ直ぐ。目に留まったのがこの小型の卓上ボール盤。これまで私はボール盤を所有したことがなく、安く手に入れることができるのなら欲しいなあと思っていました。

本体の目立つ位置にメーカー名の刻印がないので、膝を地面につきながらちょっと痛い思いをして銘板を見ると、製品名がTOPMIGHTY TM-65Sで製造年が1992年、台湾製であることがわかりました。

なんでも安く売ってくれるので、二千円ぐらいかなと思いながら価格を尋ねると、なんと七千円のところを五千円にすると言われました。有名なメーカー品であれば、33年前に製造された中古品でも五千円の価値はあるかもしれないけれど。
諦めようとしていると、「いくらと思ってましたか?」と逆に問われたので、正直なところ指二本ぐらいと示したらそれはないという表情をされました。そこでもう一本指を付け加えたら、交渉成立となりました。会えば挨拶するほど親しくなったおじさん相手に価格交渉したのは初めて。

小型の卓上型ボール盤とはいえ、重くて大きいものを持ち歩く体力はないので、代金を支払って取り置きしてもらいました。あまりの暑さが原因で熱中症の初期症状が現れたので、南大門(正門)の日陰で休憩することにしました。しかし腰掛けるところもないし、困ったなあと思い、立ったまま門柱にもたれて休憩していると、祇園祭のような囃子が聞こえて来ました。最初、どこかにスピーカーがあって、祇園祭の囃子を鳴らしているのかと思いましたが、よく聞くと、それは祇園祭の囃子ではなく、大津祭の囃子でした。

笛を吹いていた人は、露店名が「ふえや」という店のお客さんでした。桃山がある丸屋町に実家がある人で笛を吹いたり、太鼓を叩くことを趣味にする笛や太鼓のコレクターだそうです。煤竹で作られた笛を愛用しているそうで、なぜか太鼓のバチも持参するちょっと変わった人でした。(大津祭で使われる笛は龍笛と呼ばれる横笛で、樹脂製が一般的だと思われます。)母校が私と同じ中央小学校ですが、私よりも4才年上と言われていました。

卓上ボール盤を入手したおじさんから同行者はこのガラス製の皿、6枚も入手したそうです。
Toji Kobo Flea Market — Part 8へと続く。
Toji Kobo Flea Market — Part 6に戻る。

龍谷エクステンションセンター(REC)が大津市と提携する公開講座、「令和7年度おおつ学大津人基礎講座(1)大津祭曳山の魅力 曳山巡行を楽しむ学び」が来週の土曜、7月26日、午前10:00 ~ 11:30に大津市役所新館7階大会議室で開催されます。講師は大津市文化財保護課の和田光生氏。詳しくはリンク先をご覧ください。
今年の大津祭本祭は2025年10月12日(日)に開催される予定です。
関係者からの依頼を受けての告知です。私は龍谷エクステンションセンター(REC)で過去にTOEIC、翻訳(英日/日英)講座に講師として従事したことがあります。その龍谷エクステンションセンターが、幼い頃から親しみがある大津祭に関する講座を開催するとなれば、告知しない訳には行きません。
また朝5時前に起床し、湯立山所有の旧玉屋町に到着したのが午前6時頃。こんなに朝早くからすでに笛を除く、囃子方が曳山に乗って宵山囃子をドン、ドン、チキチン。昨夜の宵宮から夜通し鳴らしていたのか?と思うほどの早朝から。どうやら湯立山だけが朝6時頃からやるのが慣わしになっているとか。
今朝は大津祭に特徴的なからくり人形を曳山に載せるところから撮影したいと申し出ていたので、早朝から撮影することになりました。湯立山専属のカメラマンになった気分です。
曳山の下の方に設置した木製梯子からちまきや手拭いを入れた紙袋を持って、囃子方が順に山に乗るシーンを撮影していて、半世紀前の自分の記憶がまざまざと蘇りました。当時はちまき一本が100円ぐらいでしたが、今は300円以上もするそうです。曳山巡行中のいつでも好きな時に投げれたので、一人、100本ぐらいは持っていたように記憶しています。
巡航中の上の動画では、私の母校である中央小学校敷地内から撮影したクリップが含まれます。同行者が言っていたように、ゆったりとした囃子で背景に町屋が映っているので、祇園祭のようです。
昼過ぎに大津祭の撮影を切り上げて、夕方にC/2023 A3 (Tuchinshan-ATLAS)の撮影に出かけるために早めに自宅に戻りました。