iPhone Control Center

docomoのらくらくスマートフォンを機種変更してiPhone SE (2nd Generation) を使い始めた叔母から連絡がありました。「カメラの光か何かが消えなくなった」ので消し方を教えて欲しいという内容でした。コントロールセンターの出し方はiPhone 11と同じだろうと思った私は「画面の右上から左下に向かって指をなぞる」ように指示しました。何度か試みてもコントロールセンターは現れないというので、調べた結果、SEは下から上にスワイプということがわかり、再度、電話の向こうの叔母に指示しました。

それでもコントロールセンターは現れないというので、今度はiPhoneの電源を切って再起動させることにしました。この時に私が指示した方法は、左のボリュームボタンと右のサイドボタン(スリープボタン)の同時長押しでした。

後で調べてわかったことですが、SEをシャットダウンする正しい方法は右サイドボタンの長押しです。左のボリュームボタンも同時に長押ししたら、緊急SOSが起動しました。誤って119に発信したらしく、以後、気をつけるよう、軽く叱られたそうです。Appleのサイトによれば、iPhone 8以降では、

「緊急 SOS」スライダをドラッグして、緊急電話をかけます。スライダをドラッグする代わりに、サイドボタンと音量調節ボタンを押し続けた場合、カウントダウンが始まり、通知音が鳴ります。カウントダウンが終わるまでボタンを押し続けた場合、自動的に緊急通報用電話番号にかかります。

これはiPhoneを使い始めた高齢者によくあることかもしれません。iPhoneを触っているうちに意図せず、コントロールセンターが立ち上がり、その消し方がわからず、突然現れたコントロールセンターのボタンをタップしてしまうという流れ。同時期にiPhone SEを使い始めた叔母の年上の友人も、いつの間にか画面が暗くなったので元に戻して欲しいと言われました。

80代半ばのお爺さんが、Settings > Display & Brightnessへと進み、画面の明るさを調整するスライドバーを左の方に動かして画面を暗くしたとは考えられない。やはり突然、現れたコントロールセンターを消そうとして輝度調整スライドバーに触れたと考えるのが妥当。

私が考えた解決策は、コントロールセンターの初期設定を変更し、「App内からアクセス」をオフにする方法です。これをオフにすれば、ホーム画面からのみコントロールセンターにアクセスできるようになり、Appを触っている時に誤ってアクセスすることがなくなります。

コントロールセンターの初期設定を変更する直前、叔母友人のiPhone SEはモバイルデータ通信がオフになっていました。コントロールセンターの緑のアンテナボタンも消したのだと思われます。三日月に触れたのか、叔母のSEはおやすみモードになっていました。(←FaceTime Audioで連絡してもすぐに切れる原因)

Our Network and AirPort Base Stations

Cat ISON用ホットシート (Time Capsule 2009) の調子が悪く、しばらく電源を切っていましたが、AirPort Extremeと有線接続にしたら安定したので、運用を再開しました。

Time Capsule 2009のネットワークモードはオフにしました。AirPort Express 2012のネットワークモードを"Join"にしていたら、木製カーポートにWi-Fi電波が届かなくなったので、"Extend"に戻しました。

AppleがAirPort (AirMac) 関連製品の製造販売をすべて取りやめたので、先行きが気がかりです。

どうしてもApple製品を使い続けたいという場合は、Mac本体を無線ルーター化する方法もあります。上のスクリーンキャプチャーはMac mini (2018) のSystem Preferences... > Sharing > に進んだ状態。Ethernet(LANケーブル)に接続したMac miniを無線ルーター化してWi-Fiネットワークを作る設定です。最後にInternet Sharingにチェックします。

ただ、この方法でMac mini (2018) をルーター化すると、Bluetoothの接続が不安定になる不具合があるようなので、別のMacを使うべきかもしれません。

Joruriji Temple — Part 1

岩船寺から浄瑠璃寺に移動しました。30年前も同じように二つの寺を行き来したものです。

浄瑠璃寺はこの長い参道が特徴で、30年ぶりに訪れて当時の記憶が蘇りました。

いつの間にか、浄瑠璃寺は猫の寺としても名が知れ渡るようになったそうです。

人が近づいても逃げるどころか、こちらに寄って来る。

Wikipediaによれば、浄瑠璃寺本堂が建立されたのは永承2年(1047年)だそうで、岩船寺創立よりも318年、後になります。

こちらがその本堂。建立当時は薬師如来を本尊としたそうですが、建て替えられた嘉承2年(1107年)以降は9体の阿弥陀如来像が安置されているそうです。

境内にも猫が...

興福寺の恵信という僧が掘ったという池の向こうに三重塔が見えます。

撮影中にすり寄ってくる猫。

この人工池には小島もあります。

紅葉時も良い写真、撮れそうです。

こちらにも立派な鐘。

猫としばし戯れてから帰路につきました。

帰路は往路とは違い、ラリー車が通過しそうな峠道を案内されました。

Joruriji Temple — Part 2へと続く。

Gansenji Temple — Part 1

大津市から瀬田川沿いを南下し、和束町を経由して奈良に向かったのは実におよそ30ぶりのことでした。奈良町からの帰路はお気に入りの岩船寺、浄瑠璃寺に立ち寄ることにしました。

岩船寺があるのは奈良市内から車で20分ぐらいの、京都と奈良の県境に位置する木津川市賀茂町の山村。この辺りは日本の原風景が今なお残っていると私は思います。これから行く岩船寺と浄瑠璃寺とを結ぶハイキングコース周辺には鎌倉時代から室町時代にかけて造られた石仏が散在します。この当尾(とうの)地区は、「美しい日本の歴史的風土百選」に選ばれているそうです。

京都府内とはいえ、バスは奈良交通が運営。店自慢の石焼き芋は関西テレビが36年前の1984年2月19日に放映したと、古い看板に書いてあります。私が幾度となく訪れたのもちょうどその頃です。

当時の主な目的はこのような無人販売所で近くの畑で採れた農産物を入手することでした。塩っぱいものを好む父が、塩分多めの紅生姜を大量に買っていたのを覚えています。年末に訪れたときは黒豆も買っていた記憶があります。

岩船寺の名の由来はこの石風呂かと思っていましたが... 修行僧が身を清めるために使ったこの石風呂は鎌倉時代からあるそうで、岩船寺創立の天平元年(729年)よりもずっと後に造られたものになります。

山門から先の境内に入るには、大人500円の入山拝観志納料が必要です。正面に三重塔が見えています。

境内に入って斜め右手にある本堂。

紫陽花の名所としても知られる花の寺、岩船寺は境内全域が緑に覆われています。

我々が訪れた6月7日の時点で開花していた紫陽花はごく一部。

重要文化財の三重塔は、阿字池の背後にあります。建立は室町時代と考えられているそうです。

被写体自体が美しいのでどんなカメラで撮影してもそれなりに美しく撮れます。

鐘を鳴らしてみました。

街中のお寺とは違い、アクセスが決して良いとは言えないので空いています。

手前の池が阿字池。

超広角レンズ、迫力あります。

公式サイトが格好良い岩船寺、英語の案内表示も間違いがない。

参道沿いにあるお店で漬物を買ってから、車を浄瑠璃寺に移動させました。

Gansenji Temple — Part 2へと続く。

UNIQLO Jeans

ジーンズといえば、Levi's以外のブランドはあり得なかったのが、最近ではCOSTCOの自社ブランド、KIRKLANDの衣料を身に纏うようになりました。そうした状況をさらに一変させるのが創業36周年を迎えたUNIQLOのジーンズかもしれません。

時代の最先端を行くセルフレジ。

店舗によって裾上げサービスを実施する店と実施しない店があるそうですが、今回は実施店を選んで、お店で裾上げしてもらいました。税別1,990円以上の商品であれば、ミシン縫いでの裾上げはなんと無料。税別1,990円未満の商品でも僅か280円でミシン縫いでの裾上げをしてくれる。

COVID-19予防対策の一環として、試着時の裾上げ位置をクリップで留める作業は客自らが行うことになっています。それで気づいたことが一つ。私の脚の長さは左右で大きく異なるということ。右脚で裾上げ位置を合わせると、左が長くなり、左脚で合わせると、右が短くなる。

一本目を買った時に左右で脚の長さが違うことに気付いたので、二本目からは試着時に両脚で裾上げ位置を決めることにしました。こんな歳になるまで両脚で長さが10ミリ以上も異なることに気付くとは。右脚で長さを合わすのが基本なのか、そういえば、履いた時に左が長すぎるLevi'sがたくさん、クロゼットにあります。

Naramachi Fukin

o·mo·ya 奈良町から徒歩数分の距離にある「ならまちふきん」を製造販売する老舗の吉田蚊帳を訪問。

布巾といえば「ならまちふきん」だそうで...

奈良特産の蚊帳生地を使っているそうです。

私は入店せずに外で写真撮影している間にこんなにも大量の布巾を買っている。

元興寺境内に寄ってから、帰路の途中にある岩船寺+浄瑠璃寺方面へと車を走らせました。

A Shelf for LP Records

レコードプレーヤー上方にLPレコードを収納する棚を製作しました。

OSB合板に棚板を受ける角材2本を取り付けました。両端を45ºで切断した支持材を棚板と壁面に直付けするという、シンプルな構造ですが、重いLPレコードの荷重を支えることが可能。

厚み38ミリの分厚い棚板は再利用材。樹種は米松。

レコードプレーヤーのカバーを開けても干渉せず、且つ、レコードにも脚立なしで手が届く微妙な高さ。

ブックエンドと補強を兼ねた斜めの角材をさらに一本、追加しました。手元に残ったLPレコードを全て、母屋からガレージに移動させましたが、まだゆとりあります。

o·mo·ya Naramachi

京都の株式会社ザックエンタープライズが経営する創作フレンチのお店、o·mo·ya 奈良町を初めて訪問しました。お店はJR近鉄奈良駅から南南東に徒歩14分のところにあります。



ランチの時間としては遅めの午後1時半頃に到着したら、4台しか駐車できない専用駐車場の1台分が幸にも空いていました。

入店直後に手指のアルコール消毒。

紙製の長椅子に腰掛けて少し待った後に部屋に案内されました。

iPhone 11の超広角レンズで撮影した待合室。

数寄屋造りに網代天井が特徴だそうです。簡素な茶室が由来なので、本店の京町家とは趣が随分と異なる。

照明器具は社長さんが選んでおられるように見受けられます。

お箸で食べる前菜はバジルとドライトマトのケーキ?

我々が注文したのは¥1,980のランチプレート。右手前の、豚肉とモッツァレラチーズのはさみ揚げが絶品でした。

信楽焼の器に盛られたサワラのソテー。

酸味が効いた温野菜。

ほうじ茶のクレームブリュレとソルベ、コーヒーのデザートは別途注文しました。フランス語で「焦がしたクリーム」を意味するCrème Brûléeが特に美味しい。+470円で別途、注文する価値あります。

独創的なコーヒーカップも信楽焼?

数寄屋造りの建物や装飾品、食器、料理など総じて評価すると、やはり京町家の本店、o·mo·ya東洞院での食事体験が数段上のように思いました。

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